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捕獲されました。年貢の納め時というやつ。
2011年12月02日 (金) | 編集 |
「10.もう寝ちゃうの?」に登場した、同居人のAの話。

彼は両親を早い時期に亡くしている。

ずっと、お兄さんと二人で暮らしていたのだが、お兄さんが結婚することになり、どこかに部屋を探さすことになった。

時期を同じくして、私は、稲西という男と同居を始めていた。借りたのは三部屋ある平屋。ひとつ部屋があまるが、三畳しかない狭さだから物置にでもするつもりでいた。

そこに、余っていることを聞きつけたAが、狭くてもいいから貸してくれと転がり込んで来た。こうして三人の共同生活が始まった。

Aは、霊感があるというほどではないが、たまに怪しい気配のようなものを感じることがあるらしい。こわい話は喜んで聞いていたが、心霊スポットへ行く誘いは、頑として拒否するのだった。

必ず嫌なことが起こるから、と。何か体験があるのかと訊ねたところ、聞かせてくれたのがこの話だ。

それは、Aがつい最近まで住んでいたマンション。

入ったはじめから、妙に雰囲気が暗い部屋だった。一階の廊下のつきあたりで、裏手に建つ別のマンションのせいで陽光が遮られ、部屋に陽が差し込まない。だが、それだけではない何かあるような気がしてならなかった、という。

お兄さんが、どこを選んでも良いというので決めたAの自室。そこがとくに雰囲気がよくなかった。

まず、やたらと寒い。Aは、お兄さんの結婚で追い出されるまで四年間、暮らしたが、夏場、クーラーはおろか扇風機をつけたこともなかった。

殺人的に気温が上がった日に、皆が出かけてしまって一日締め切っていた部屋の中は、三分とじっといられないほどに熱がこもっている。慌ててクーラーをつけたり、窓を開け放つのが普通だ。

ところが、Aが学校から帰って来て玄関を開けると、家の中はひんやりしている。Aの部屋に至ってはまるで、クーラーを一番強くしたかのように冷えきっている。窓を開けると蒸し暑い空気が流れ込んでくるので、窓を開けたことはついぞなかったという。

誰もいないはずなのに気配がしたり、視線を感じることは、しょっちゅうだった。しかし、何も見えるわけではないので、気のせいだろうなと思っていた。

「それ」は、お兄さんが結婚する半年ほど前から始まった。

夜中、目が覚めた。

寝返りをうとうとしたが、身体が動かない。金縛りにかかっていた。金縛りは、しょっちゅうあることだった。じっとしていれば、そのうち解けるか寝てしまうから、気にもしなかった。

Aは身体を横向きに、壁を向いて寝ている。背後でスーッと、襖が開く音が聞こえた。襖のむこうは、お兄さんが寝ている部屋だ。

(兄ちゃんが入ってきたのかな)

だが、近よってくるわけではなく、襖も閉まらない。

(なんだ、人の様子を盗み見たりして、嫌な奴だな)

眠い頭で、そう思った瞬間だった。

横向きのAの顔に、何か「ぱさ」と、かかった。髪の毛だ。だいぶ長い。しなやかな感じからして女の髪だ。しかし、お兄さんと二人暮らし。部屋に女はいない。

あれっ、と思う間もなく、

「ふふふふ」

耳元で、若い女のふくみ笑いが聞こえた。かすかな吐息まで感じられた。Aの上にかがんで、顔をのぞきこみながら笑った、そんな感じだった。

びくっと身体が震えた反動で金縛りがとけた。はね起きて振り返るが、誰もいない。

見ると、寝る前に、たしかに閉めたはずの襖が、ちょうど人が通れるくらいの隙間で開いている。

あわてて、隣のお兄さんが寝ている部屋に駆けこんだ。お兄さんを揺さぶるが、ぐっすりと寝こんでいて、なかなか起きてくれない。力一杯揺さぶり、耳元で怒鳴る。やっと目を覚ましたお兄さんは、気持ちよい眠りを破られて不機嫌の極みにある。

「なんだよ」

「アニキ、今、俺の部屋に来なかったか」

「馬鹿か、見りゃ分かんだろうが。俺は寝てんだよ。オメエの部屋なんか行くかよ」

「今、女が来たッ」

Aは懸命に説明するが、お兄さんは面倒くさがって、まともに話をきいてくれない。

「そりゃ、オメエ寝ぼけてんだ。気にするな寝ちまえ」

Aは、あきらめて部屋に戻ったが、怖い。また笑い声が聞こえたらどうしよう。その夜は、寝られないまま朝をむかえた。

それから数日は、緊張しながら眠りについたが、なにも起こらない。そうなると、自分でも「あれは夢だったのかな」という気になってくるものだ。

そんな矢先。

うおおおおおおおおっ

叫び声が響いた。真夜中のことだ。

どたどたと、さわがしい足音がきこえ、襖がバシーンと音をたてるほど勢いよく開かれた。

「お前、今、俺の部屋に来たか?」

「行かないよ」

お兄さんの顔は血の気を失って青白い。耳元で含み笑いをする女が、お兄さんのところにも来たのだった。

「お前の言ったこと、本当だったんだな」

お兄さんは声をふるわせた。聞いてみると、金縛り、背後に気配、耳元で笑い声と、まったく同じ体験をしている。

Aは、話を信じてもらえて嬉しいような気もしたが、やっぱり夢じゃなかったんだと思うと、気味悪さの方が先に立つ。一体、なんなのだろうか。

それからしばらく、二人して怯えて暮らしたが、なにも起こらなかった。きっと帰ってくれたんだ、よかったよかった。心底ほっとしたという。

そうなると、いつまでも幽霊のことなど気にしていられない。日々の生活の中で、少しずつそんな出来事は忘れていくものだ。

お兄さんに彼女ができた。やがて、お兄さんと結婚して義姉となる人だ。

Aに紹介してくれた後、お兄さんは頻繁に彼女を連れてくるようになった。明るくて優しい女性で、Aもすぐに打ちとけることができた。兄貴と結婚してくれるといいな、と思い始めていた。

つきあいを重ねて慣れてくると、いろいろな面が見えてくる。性格の長所短所はなおのこと、ちょっとした癖や特徴的な仕草、機嫌のよしあしといった、全体的な雰囲気だ。

Aは、彼女が時折、妙に暗い顔をしてみせることに気がついた。具合が悪いのかと心配したが、違うらしい。そのうち、お兄さんも彼女の様子に気がついた。どうかしたのかと訊ねてみると、答えは意外なものだった。

部屋に幽霊がいる、というのである。それも、ひとりやふたりではない。そこら中にいて、まるで霊の巣窟だ、と。

彼女は、強い霊感を持っていた。二人に話すべきかどうかを、ずっと迷っていたのだという。

Aが寝起きしている部屋が、とくに悪く、強い霊が居座っている。それは「髪の長い、若い女」だという。

「今もいるのか?」

お兄さんの質問に、無言でうなずく彼女。

「私が、二人の生活に入りこんできたことに嫉妬しているみたい。すごく怖い顔でにらんでいるの」

Aとお兄さんは、思わず顔を見合わせた。彼女には、あの出来事は話していない。自分たちですら忘れかけていた。

住みついているのは、その女だけではない。遊びに来るたびに数が増えていて、今は六人いる。天井からぶら下がっていたり、部屋のすみに立っていたり、あまり良くないものだという。

この部屋は、マンションの中で「死に部屋」になっている。一階の奥のつきあたりという部屋の位置が、まず良くない。「霊の通り道」も近くにあるらしい。幽霊が溜まりやすい部屋だというのだ。

Aが無精で掃除嫌いで、部屋の窓をめったに開けないのもよくない。窓を開けておくと自分で出て行く者もいるが、常に閉めきっているために、どんどん溜まっていくのだという。彼女は、盛塩をして、こまめに窓を開けるといいと言った。

その言いつけを守ったおかげかどうか分からないが、あいかわらず部屋は寒いものの、その後、奇怪な現象は起こらなかった。

ほどなくして、お兄さんと彼女は結婚した。お邪魔になったAはマンションを出て、私たちとの同居生活を始めた。

Aが出ていった後、義姉さんは、そこに一切の荷物を置かず、完全な空き部屋にした。毎日、部屋の真ん中に盛り塩を欠かさなかったそうだ。

気のせいかも知れないけれど、あの異様な寒さがなくなってました。不思議なものですね、とAは言った。

それで一件落着かというと、そうではなかった。

ある日、義姉さんはAに言った。この部屋に霊が溜まるのは、もともと良くない部屋なのは間違いないのだが、原因が、もう一つあったわ、と。

Aにも若干の霊感があったように、お兄さんは霊を引きよせる体質だった。お兄さんが次から次へと、外でひろって連れてくるのである。

仕事から帰ってきたお兄さんを玄関まで出迎えた義姉さんは、お兄さんの背後に霊が、おおいかぶさっているのを見て「ひっ」と小さな悲鳴をあげた。そういうことが何度もあった。

ある時など、買い物に出かけて帰るのが遅くなった。すでに、お兄さんが仕事から戻ってくる時刻だった。急いで帰ってくると、マンションの廊下に男の下半身だけが突っ立っている。上半身は、ない。どうしよう、いやだなあ、と迷ったけれど、通り抜けないことには部屋に入れない。

覚悟を決めて、その下半身から、なるべく身を離すようにして横をすり抜けた。

案の定、すでにお兄さんは帰っていた。

「遅かったね」

「ごめんね。今すぐ、ご飯作るからね」

と、言いかけて、義姉さんは息を呑んだ。

お兄さんの頭上、天井に男の上半身だけがあった。生気のない(当たり前だが)瞳で、じっと義姉さんを見つめている。

腰の部分を天井にくっつけて「逆さ」にぶら下がっているので、まるで天井から生えているように見える。下半身の部分は、廊下にいたあれだろう。こいつも、お兄さんが拾ってきたらしい――。

部屋の中に入ってきた「モノ」はなんとか追い払うことができても、なにかと連れてきてしまうお兄さんの体質だけは、どうにもならない。義姉さんは、日々、お兄さんが連れてくる「モノ」たちと戦う毎日だったという。

やがて、お兄さん夫婦は霊と戦うのにうんざりした、というわけでもないだろうが、仕事の関係で引っ越すことになり、この部屋を出た。

今では、他の人が住んでいる。お兄さんにも原因があったにしろ、そもそも良くない部屋だ。きっと今でも、住人以外の何かが出入りしているに違いない。そうAは思っているという。

ちなみに、お兄さんは、今でも相変わらず変なものを連れ帰り、義姉さんを困らせているという話だ。
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