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捕獲されました。年貢の納め時というやつ。
2011年11月30日 (水) | 編集 |
中学時代からの友人、Yの話。

暇があると遊び歩く仲だったが、Yが名古屋の大学に進んでからは、会えるのは彼が実家に帰ってくる、正月と夏休みだけとなってしまった。

ある年の夏、帰省したYから「会おう」と電話がきた。つもる話を交わすうち、Yが「気持ち悪い話があるんだよ」と、声を潜めて怖い話を始めた。

名古屋の、わりあい交通量の多い場所に、有名なお化けトンネルがある。そのトンネルでは、壁を触ってはいけないとされていた。ふざけて壁に触れると、帰り道に事故にあったり、連れて帰ってきてしまったり、大変な思いをするのだという。

ある日、男数人が集まって酒盛りをした。店に入るよりも、家で飲んだ方が安いからと、それぞれ酒とつまみを用意して、仲間のBのアパートに集合した。

ああでもない、こうでもないと馬鹿話で盛り上がるうち、Bが思い出したように口を開いた。

「そういえば、先輩に肝試しに連れてかれてさ。お化けトンネルってのがあって、壁さわっちゃいけないって言うから気をつけてたんだけど、先輩がふざけて俺のこと突きとばすから、つい、壁に手をついちゃって」

「そんなの、ただの噂だろ? 気にしなくていいじゃん」

「俺も、そう思ってたんだけど」

うかぬ様子のBの表情に、皆も、なんとなく息を呑んで話に聞き入った――。

Bを突き飛ばした先輩は、ケラケラ笑っている。

「あーあ、お前、壁さわったな。なにが起きるか楽しみだな」

「勘弁して下さいよ」

Bは先輩のいたずらにも軽く答えた。事故に遭うだの、連れて帰るだの、安っぽい作り話にいかにもありそうな噂だから、信じていなかったのだ。

それでも、自分のアパートの前で車を降ろされる時、

「なにかあったら、すぐ電話しろな。楽しみにしてるからさ」

と言われたときは、さすがにむかっ腹がたち、蹴り飛ばしたくなったが、

「はーい、電話します」

と、何食わぬ顔で答えて別れた。

疲れていたBは、すぐに寝床に入って眠りについた。

どれくらいたったのだろう。

ふと目が覚めた。寝返りを打とうとして、金縛りにかかっていることに気がつく。

いろいろともがいてみたが、どうにも身体は動かない。いやだなあ、と思った瞬間だった。

「ただしぃー……」

玄関から、Bの名前を呼ぶ声がしたのである。えっ。驚きで思考が止まる。

「ただしぃー。ただしいぃー」

六畳一間に、せまい台所の安アパート。玄関から部屋までは、ほんの数歩だ。

すぐに声が近づいてきた。台所と部屋の間仕切りには、ガラス戸が閉まっている。薄暗い中、そこに誰かのシルエットが浮かび上がっている。そいつが、Bの名前を呼ぶのだ。

「ただしぃー。ただしぃー」

男の声だった。友人だろうか。だが、玄関の鍵は、たしかに閉めた。入ってこられるはずがない。泥棒ならば、わざわざ名前を呼んで起こすような真似をするはずがない。

連れてきちゃった! あの話は、本当だったのか!

「たぁだぁしぃぃ。たぁだぁぁしぃぃぃ」

あいかわらず身体は硬直したまま、ぴくりとも動いてくれない。

(うわぁぁぁぁ、ごめんなさいごめんなさいぃぃ。もう、ふざけて触ったりしませんから、帰って下さいっ)

全身から汗がふきだしてくる。ガラス戸を開ければ、すぐBの寝ている枕元である。

「たぁだぁしぃ。たぁぁぁだしぃぃぃ」

(ごめんなさい、帰って下さい、ごめんなさいぃぃぃっ)

それを繰り返し、気がついた時には朝になっていたという。

Bの話を聞いたYたちは、話が終わった後も、しばらく黙ったままだった。

Bの表情は、冗談を言っているとは思えないほど真剣だった。皆が集まっているこの部屋で、ほんの二、三日前にあった出来事だという。薄気味悪いものを感じて言葉を失ったのも無理はない。

だが、誰からともなく、

「またまたあ。俺たちを恐がらせようとして。夢だったんじゃないのか?」

と、言いだし、Bも、

「そうだよな、きっと夢だったんだよな」

そう応じて、沈んだ雰囲気を吹き飛ばすように、場はそれまで以上に盛り上がった。

これで終われば、Bが気にしないつもりでいても、心の底では気にかかっていた不安が夢に出てきたのだ、と言ってしまえるだろう。

だが……。

飲み会から数日後。Yのアパートに、顔面蒼白にしたBが飛びこんできた。

手に写真の束を持っている。飲み会の様子を撮影していたフィルムを、現像に出していたのができあがったので、受け取ってきたところだという。

Bは息せき切って、写真を見ろ、と促す。なんだと訊ねても、いいから見てくれ、としか答えない。妙なものが写っているに違いない。

(ああ、嫌だな)

Yは思ったが、しかたがない。写真を手にとって、一枚ずつめくっていった。

おかしなポーズをとっている男。腰に手をあてての一気のみ。ここぞとばかりに、尻をむきだしている写真。酒に酔った男たちの、馬鹿な乱痴気騒ぎの記録である。

「それ」は、見た瞬間に分かった。皆で写真に入るために、集まって肩を組んでいるところ。玄関の方向から部屋に向かって撮った。だから、背後には窓が写っている。

問題は、その窓ガラスだ。

窓の外から、ひょい、という感じで中年の男が中を覗き込んでいる。しかし、窓には雨戸が閉められている。

ということは、部屋の中からの反射でないかぎり、男は、雨戸とサッシ窓の数㎝の隙間にいることになる。当然、部屋の中にこんな男はいなかった。

「こいつ……」

ふるえる声でBが言う。Yにも、Bの言わんとしていることはすぐに分かった。

トンネルから連れてきた男――。

「えらく気味の悪い写真だった」

Yは、私に言った。できたら写真を見せてもらえないかと頼んでみたが、知り合いの間で評判になり、手から手へと渡って、どこに行ったのか分からなくなってしまったらしい。

Bの部屋は、その後は、なにも起こらなかったそうだ。

はたして、写真に写った男がトンネルから着いてきた奴なのか、最初から部屋に住み着いている男なのか、はたまた、たまたま通りがかったところを写しこんでしまったのか、結局、分からないままだという。
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