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捕獲されました。年貢の納め時というやつ。
2011年11月29日 (火) | 編集 |
Kは、バイクが好きな男だった。

真夜中、海までひとっ走りして、朝日がのぼるのを見ながら、わかしたお湯でコーヒーをいれたり、カップラーメンを食べる。疲れた時には、そうやって気分転換をするのだという。

Kは、いつものようにバイクを走らせていた。市街からは離れた場所で、かなり遅い時刻。Kの前後に車はない。

まるで自分の専用道のように思えて、とても気分がよい。

片側2車線の広い道路で走りやすく、直線では、ついアクセルを開いてしまう。スピードは100㎞をこえていた。

と――遠く、前方の歩道の「へり」。電柱のそばに何かが立っている。布のようなものが、ひらひら揺れている。

電柱にくくりつけられている、捨て看板だろうか。捨て看板というのは、ちゃちな作りの木枠に布を張ったような、安っぽい宣伝のあれだ。

布が破れて風に煽られているのか……最初は、そう思っていたという。

バイクは、ぐんぐんと近づいてく。

「それ」は、捨て看板ではなかった。人間。女。

こんな深夜に、女がたったひとり。うつむき加減で車道側をむき、歩道のヘリに立っている。ゆらゆら揺れる布は、風にあおられたスカートだった。

どう見ても尋常な雰囲気ではない。飛びこみ自殺でもしようというつもりか。

(あぶないな)

Kはアクセルをゆるめ、ブレーキをかけて徐々にスピードを落とす。何が起きても対応できるよう、神経を女に集中させる。

みるみる間に、女が立っている場所まで近づいた。もう少しで女をやりすごせる。

その瞬間、それまでうつむいていた女が、キッと首をめぐらしてKを見た。

女と目が合った。

(うわっ)

Kは内心で悲鳴をあげた。

女はKの目を見すえたまま、ボールに飛びつくゴールキーパーのように両腕を伸ばし、飛びこんで来た!

スピードを落としたとはいえ、ころんだら大怪我を負う。Kは必死で女を避けた。バイクは反対車線に飛び出し、たまたま通りがかったバスに真っ正面からつっこんでいく形になった。

間一髪でかわす。

「バカヤロウッ」

バスの運転手の金切り声が聞こえた。後から考えると、あんな真夜中にどうしてバスが走っていたのか不思議だが、たしかに普通の路線バスだったという。

全身から冷や汗が噴きだした。今さらながらに身体がふるえた。あやうく死ぬところだったのだ。

「てめえ、ふざけんなッ」

女を怒鳴りつけてやろうと振りむいた。

ところが、女の姿がない。

周囲を見まわしたが、誰もいない。

女が飛びこんでから、ほんの数秒間の出来事だ。こんなに素早く身を隠せるものだろうか。まさか生きてる女じゃなかったのか?

ゾーッと背筋が寒くなった。

Kは、とにかく現場から離れようとバイクを急発進させた。

近くに、大学の友人Aが住むアパートがある。とりあえず、そこへ向かった。このまま家に帰るのは、連れて帰ってしまうような気がして嫌だったし、なによりひとりは怖い。早く誰かに会いたかった。

アパートに着いたが、ドアをノックしてもAは出てこない。帰っていないらしい。

真夜中の住宅街は、自分の他に起きている人は誰もいないのかと思うほど、人気がなく静まり返っている。あの女が、どこかの暗がりから、こちらをじっと見つめているような気がしてきた。

しかたがない、帰ろう。Kはバイクに飛び乗った。

この頃には、N村さんの下宿屋に住んでいるのはKとTの二人きり。いよいよ崩壊寸前の廃屋という態になっていた。

とてもじゃないが普通には寝られそうにない。二人の部屋は薄い壁をはさんで隣り合わせで、Tに悪いとは思ったが、テレビ、ラジオをつけ、音楽をガンガン流し、明かりをつけっぱなしにして、ようやく寝ることができた。

翌日、Kは大学でAに会った。

「お前、昨日家に帰らなかったのか? 実は――ということがあってさ。お前の家に行ったんだけど、いなかったじゃないか」

「研究が山場で研究室に泊まりこみだった。それにしても気味が悪い話だな」

「俺もまいったよ。あれって幽霊だったのかな……」

そんな話をして別れた、数日後のこと。

部屋で寝ていたKは、窓が音をたてているのに気がついて目を覚ました。

何度も書いているが、ここの下宿屋は古い。窓も、廊下のガラス戸も、昔ながらの木枠の戸だ。ペラペラのガラスが入っていて、わずかな風がふいただけで、やかましい音をたてる。

今日は、ずいぶんと風が強いな。ぼんやりと、そんなことを考えた。

何時だろう。ベッドの脇に置いてある時計を確認しようと、頭を回そうとして心臓が縮み上がった。

あれ、身体が動かない。……金縛りだ。

急激に心拍数が上がり、意識が冴えてくる。身体のいろいろな部分に力をこめてみる。目は動かせる。首はかすかに動く。だが、その他の筋肉は、がっちりと固まってしまっている。

これまで、何回か金縛りの経験はあった。嫌なものを見たこともある。

枕元に何かいるのではないか。

恐怖におののきながら、顔と目を精一杯動かして、部屋の中を確認する。何もいなかった。

よかった、身体が疲れているだけか。しばらくしたら解けるかな……。

そう思ったのも、束の間。今まで、風のせいだと思っていた窓の音が、急に耳につくようになった。

ガタガタ……ガタガタ……。

さっきより音が大きくなった。これ、風じゃねぇな。意識を向けて気がついた。風の音がしていない。

風のあるときは、ガラス窓が鳴るだけではない。電線が鳴る音、植物の葉が擦れあう音や、風圧で建物がきしむ音、いろんな音が混じって聞こえるものだ。それが、全くない。

それに、Kの部屋は角部屋で二面に窓がある。窓面積が大きくて、晴れている日は、とても日当たりがよい。音の原因が風だとしたら、全部の窓が揺れそうなものだ。しかし、音をたているのは、Kの頭の側にある一枚だけ。

ガタガタガタ……ガタガタガタ……。

さらに大きくなる。音が規則的だ。確実に人間の仕業だ。風ではない。

友だちかなあ。

Kの友人は、皆、Kが変なものを見ることを知っている。驚かしてやろうとして玄関から入らず、窓を叩いては隠れて遊ぶ奴が、たまにいる。そういう悪ふざけだろうか。

Kは力をこめて首を上にそらし、目を向けた。かなり苦しい体勢だけれど、なんとか視界の中に窓が入った。そこには、誰かがいた。

誰かは、身体を窓にぺたっと張り付かせるようにして、窓の桟を掴んでいる。ガラスは磨りガラスで、透明ではないから向こう側は見えない。しかし、身体をガラスに密着させているので、輪郭は浮かび上がっている。

女だった。

ガタガタッ……ガタガタガタガタッ!

開けて!

とでも言わんばかりに、女が窓を揺さぶっている。

こんな女、知り合いにいない。あの女だ、あの時の女だ。憑いて来てしまったに違いない。

ガタガタガタ! ガタガタガタガタッ!

(帰って下さい帰って下さい帰って下さいっっ)

Kは必死に、念仏を唱えながらお願いする。だが、窓の音は止まらない。

ガタガタ! ガタ! ガタガタッ!

(帰って下さいッ)

ガタ! ……ガタガタガタ!

(帰って、帰ってくれッッ)

そんな繰り返しが、どのくらい続いたのだろうか。いつの間にかKは意識を失っていた。

翌朝、目を覚ますと異様に頭が重い。おそるおそる部屋を見回すが、変わったところはない。

俺は夢を見たのだろうか?

夢とも、現実とも分からない。ただ、気分は最悪だった。

それから、しばらくした日。Kは、大学の仲間と、例の友人Aのアパートに集まっていた。

気のあった仲間だから、くだらない話で時間を忘れて盛り上がる。気がつくと、すっかり夜になっている。腹がへった。

メシ食いに行くかと、Aの車に乗り込んで、少し離れた場所にあるファミリーレストランまで出かけた。

ただ、そこへ行くのには、どうしても女が飛び込んできた「あの場所」を通らなければならなかった。やがて現場へ近づく。不安だったが、何もいない。よかった。

となると現金なもので、

「ここだよ、女が出たの、ここ」

友人たちに教えてやった。

「やめろよ、気持ち悪いから。俺、そういうの苦手なんだから」

友人たちは口々に騒いだ。皆、とうにKの体験を聞かされているから、ここが現場だと聞いて薄気味悪がった。

レストランでの食事中も、ひとしきり幽霊話に花が咲いた後、解散。Aが、それぞれの家まで車で送ってくれた。最後にKを下宿で降ろし、挨拶して別れた。

翌朝、まだ早い時刻に電話が鳴った。出てみるとAである。

「オマエさ、女が部屋に来たって言ってたよな」

心なしか、Aの声が震えている。

「その女ってさ、赤い服着てなかったか」

一瞬、ドキリとする。

そう言われて思い返してみると、たしかに、窓には赤い色がへばりついていた。そうだ、赤のノースリーブを着ていた。

「なんで知ってるの?」

Aが語り始めた話は、こうだった。

Kを降ろしたAは、自分のアパートに車を向けた。車には、もう誰も乗っていない。

「どこ行くの?」

突然、運転席と助手席の間から、ぬっと女が顔を出した。

悲鳴を上げて車を急停車させる。後部座席を振り返るが、誰もいない。今のは一体なんだ?

車を乗り捨てようにも、郊外の人気のない道路。Aは、必死で恐怖心を抑えて車を走らせ、最初に見えたコンビニの駐車場に飛び込んだ。

車から飛び降りて、外から車内をのぞく。やはり誰もいない。いるわけがない。

運転する気がしないので、日が昇るまでコンビニで雑誌を立ち読みして、時間を潰していたという――。

「なあ、俺どうしたらいいよ」

Aは心底困った声を出した。しかし、Kも霊能力者ではない。どうしたらよいのかは分からない。何もできなかった。

その後も、女はAの所に現れたらしい。Aを気に入ってしまったようだ。

Aは、Kに話を聞いて欲しいようで、何度か女の話を切りだしたことがあった。でも、Kはもう、あの女と関わり合いになるのはこりごりだった。然るべき所へ行くように勧め、話は勘弁してもらったのだという。
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