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捕獲されました。年貢の納め時というやつ。
2010年03月06日 (土) | 編集 |
■ ひとを〈嫌う〉ということ / 中島義道(角川文庫)

中島義道は哲学者。戦う哲学者としても知られていて、街中で流される音にいちいち「それは騒音だから出すのを止めろ」と噛み付き、電車の中で化粧をする女には容赦なく「見苦しいからやめろ」と怒鳴りつける。恐ろしい人なのだ。

あたくし、中島義道は嫌い。この人の生き方を見ていると、身に覚えのある痛々しさが、恐るべきスケールで拡大されて迫ってくるの。なんだか吐き気がしちゃう。だけど、本はときどき読む。

この本では「嫌い」という感情について考えている。

人は、誰かを嫌うことに、なんとなく罪悪感を抱く。あたくしなんかもそのクチ。人の好き嫌いが激しいものだから、あちこちに嫌いなヤツがいるのだけど、ちょっと後ろめたい。

また、あたくしは極度の人見知りで、おっさんになった今でも初めての人に会うときは挙動不審になる。でも、おどおどしてると気持ち悪いと思われるかもしれないと、肝が太いかのように装う、その苦しさといったら! 

そういう気持ちは、心の根底で嫌われて傷つくことを恐れているからだ。自己防衛であり、自己愛の裏返しだ、と中島義道は書く。おっしゃるとおり。

そういう気苦労は無駄なことだと、この本は教えてくれる。

人を、たいした理由もなく好きになることが珍しくないように、その逆の、たいした理由もなく嫌いになることも、ちっとも珍しくない。そして、私がたいした理由もなく誰かを嫌いになるように、相手も私をたいした理由もなく嫌っている。

それが人間というものだ。自分でもはっきり分からないような、どうでもいい理由で人を嫌う、人に嫌われる。この理不尽が人生だ。逃げて誤魔化すよりは、そういうものだと腹を据えて、人を嫌う感情を味わいつくしたほうが苦しくとも人生は豊かにならないか──という。

対人関係で、悩みやトラブルを抱えている人には、発想の転換をうながしてくれる救世の書となるかもしれない。あたくしは、考えさせられるところがたくさんあったぜ。

そして、中島義道の本は面白い。でも、やっぱり中島義道本人は嫌い。そんなことも再確認した。


■ 小説 河井継之助 / 童門冬ニ(東洋経済新報社)

図書館で借りてきた本。

あたくしの思い描く河井継之助像は、司馬遼太郎が長編小説『峠』と、短編小説『英雄児』で描いたイメージで、『英雄児』の最後にある、

英雄というのは、時と置きどころを天が誤ると、天災のような害をすることがあるらしい


という一文に打たれている。

ぜひ、他の人が描いた河井継之助も読んでみようと思ったのである。

だけど……。あたくしには合わなかったみたい。

全体のリズムが一定で淡々として、描写があっさりしすぎている。小説というより、ある種の解説書のようで、作家の書きたい主題がどこにあるのか掴み損ねてしまった。

物足りなさが、むちゃくちゃ残った読後感。あるいは、これは司馬遼太郎の呪縛なのか、なんてことも思ったりした。

うーん、残念!
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