FC2ブログ
捕獲されました。年貢の納め時というやつ。
2008年10月10日 (金) | 編集 |
■ いきものがかり - プラネタリウム


10月15日発売の新曲です。

音楽の楽しみ方は、人によっていろいろありましょうが、ぼくの場合は、まず女性ボーカルであること。

考えてもごらんなされ。男性ボーカルの場合、男の声帯が空気を振動させた結果が、音となってぼくらの耳に届いているわけです。いわば、男の粘膜に耳をつけているに等しく、想像するだにおぞましい、きたならしい、けがらわしい。音楽なのに臭い。音が腐臭を発しています。男なんか大嫌いです。自分以外の男は、全員この世から消え去るといいな、と、さきほども神に祈っておきました。

それに比して、女性ボーカルの清らかなこと。まさに天使の歌声と呼ぶに相応しく、天上界から響き降りたる妙なる音色。心を震わせる愛の調べ。優しさと温もりを、耳に感じます。この心地よさを、どう表現したらいいのでしょう。聖恵ちゃん、ラブリィ。

──と、お約束文章で、ぶっ飛ばしておいて。

今回もいい曲だね。

ぼくが感じている、いきものがかりの魅力は、聖恵ちゃんの声もさることながら、いきものがかりの楽曲の多くを作詞作曲している、水野良樹さんの感性。

彼が作る楽曲は、おっさんにも聞きやすい、昔から馴染んできた歌謡曲の懐かしい感覚を呼び起こします。

ひねておらず、愛なら、愛! 夢なら、夢! と、まっすぐな勝負を挑んできます。中には、まっすぐすぎて赤面するくらいの、青臭さを放つ歌詞もあります。「感情」が、水を含んだスポンジのように、滴りおちるほどに、たっぷりと含まれていて、ときに湿度の高い息苦しさをも感じさせるのですが。

そこを救うのが、聖恵ちゃんの歌声です。彼女の声の力強さが、水野さんの感性につきまとう湿っぽさを吹き飛ばすことで、素直さや、明るさが際立ちます。この組み合わせの効果は、ただごとではありません。本当に、よくこんなボーカル見つけたなあと、溜め息がでるほど。

だから、いきものがかりの夏の歌となると底抜けに明るい。沖縄あたりの南国で真夏、日光を遮るものが何一つない浜辺、それも午後2時くらいの一番暑い時間帯。そんな感覚を覚えます。人生が斜陽に傾きかけたおじさんには、あまりに眩しすぎて、目がくらみます。

いきものがかりの三人の組み合わせは、絶妙ですね。こういう出会いも、きっと運命なんでしょうね。

と、感情的湿度が一番高いのは、ぼくの文章だったりして。要するに、ぼく自身が、そういう性格を持ってるので、いきものがかりの、同じ一面に捕まってしまったのかなとも思うのですが。

知り合いから、「歌で感動するってのは、よく分からない」と、言われたことがあります。一人や二人ではない、かなりの人数になるので、音楽は、歌詞ではなく音で楽しむ人というのも、けっこう多いのだなあと気づかされました。

そういう人には、なにも、歌詞にあるとおりの具体的な(たとえば失恋の悲しみのような)出来事に反応しているばかりではない、ということを答えておきたいと思います。

もっと、もやもやとした、なんとなくの心情でいいし、あるいは快、不快というレベルの話かもしれない。でなければ、演歌では、聞き手のほとんどが漁師ではないにも関わらず海の歌が好まれたり、南国の人たちが東北の雪景色を扱う歌にホロリとする心情が理解できません。レミオの「粉雪」だって、雪の降らなくなってきた日本で、切なさが雪と結びつく体験をしている人間がどれだけいるでしょう。

つまるところ、聞き手が心の引き出しに何をしまっているか、ということじゃないでしょうか。良い悪いを言ってるわけじゃありませんが。

詩人・堀口大學の詩に「一人の心に灯をともす 別の一人に欠伸をさせる」というものがあります(この人はたしか、幼少時代を長岡で暮らしたと記憶してますが)。もともとそういうもので、分かる人には分かる。分からない人には、分からない。

でも、芸術作品が訴える何かと、心の中ある何かが、出逢って反応が引き起こされたときの、魂の震え(と、湿度の高いフレーズを、また使うわけですが)は、なにものにも替え難い喜びです。だとしたら、そういう機会は少しでも多いほうが、お徳じゃないかなと思うのでした。──なーんて、月並みな結論で、締めくくるぜ。

「プラネタリウム」、震えます。最高です。
スポンサーサイト




コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック