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捕獲されました。年貢の納め時というやつ。
2007年01月29日 (月) | 編集 |
物売りの男が言うには、この「真実の本」は本物ではないのだという。

真実の本の本物は、愛の蝋燭、勇気の鐘と並ぶ、ブリタニア三大秘宝の一つである。厳重な結界を施して秘されたブリテイン城の宝物庫に蔵せられていた。

ところが昨日、何者かによる襲撃を受けて、真実の本が奪われる大事件が起こった。真実の本を持ち去った何者かは、探索の目をくらますために真実の本のコピーを多数作り、ダンジョンを徘徊するモンスターに持たせた。──というのが、ことの顛末であるらしい。

AABCDが手にしたのも、真実の本のコピーであったわけだ。

(なるほど、本のタイトルに「?」がついていて、中が開けないはずだ)

と、AABCDは思った。

また、真実の本を片端から回収して、本物が混じっていないか一つずつ確認する作業が始まった。そのため、本を持ち帰ったものには引き換えに報酬が渡される、というのが依頼の内容であるという。

「何も知らなかったの?」

物売りの男に訊ねられて、AABCDは赤面した。以前から、田舎暮らしで世事に疎いのを気にかけていたところ、あらためて指摘された気がしたのである。

物売りの男は、AABCDが黙ってうつむいたのを見ると与し易しと思ったのであろう。饒舌になって、昨今の社会現象を解説しはじめた。男の知識は豊富であり、政府を痛烈に批判したかと思うと世相の堕落を嘆き、話題は縦横に飛びまわって一向に終わる気配がない。

AABCDは気圧されてしまい、ただ黙って拝聴する以外になかった。どうやって立ち去るきっかけを作ろうかと必死に思案したが、物売りの男の気焔は上がるばかりで、口をはさむ隙を見出せない。

やがて物売りの男は、「まあ、ちょっと、これを見てみて」と、さきほどまで読み耽っていた本を手渡した。AABCDは、タイトルを見て全身の血の気が引く思いがした。「ナチス・ドイツ親衛隊軍装写真集」とある。

「ぎゃあああああ」

思わずAABCDは叫んだ。これはヤバイ。

「どう? 興味ない?」

男の言葉に、つい、「いや、自分は親衛隊は……」と答えてしまい、男の目がキラリと光ったのを見て、しまったと思ったが遅かった。

「ホウ! 国防軍派ですか」

「えーと、いや、まあ……。はあ……」

「基本だねえ。いや、わたしはね、ナチスの行為を正当化するつもりはないんです。ただ、彼らの軍装には美を感じるんだなあ。歴史上の軍隊で最も美しい軍装を誇っていたと思うよ。どうです? そう思いませんか?」

「はあ……」

「中にはね、親衛隊のコスプレをしてアウシュビッツに観光ツアーに行くような馬鹿もいるんですが、わたしね、そんなことはしませんよ。コレクションして静かに楽しみたいのです」

「ヒィィィィィ」

「わたしね、この前、ナチスの制服買ったんですよ。将校用の上着をね。コピー品なんだけど、美品で10万もしました。本物はとてもじゃないが高価で買えませんよ。それでも本物と遜色のない仕上がりなので満足しています。本物は古いですから、かえって汚かったりしますしね。そういう意味ではコピー品も悪くないです。そうだ! あなたも一着どうですか」

「自分はそういうのは興味なくて……」

「そうなんですか。でも一つ買ってみたらどうですか。わたし、店長に顔が利くから安くできますよ。そういえば、この前サムズミリタリ屋の店長がね……」

「いや、あの、その、自分は興味が……」

「まあ、いつか買う日のために勉強しておいた方がいいですよ。それで、何を買うつもりなんです?」

「え? 買うつもりないです……」

「ああ分かります。偽物があふれてますから、怖いですよね。決して安いものではありませんし。とくにナチスの軍装は人気があります。需要があるから偽物も精巧なわけでね。でもあなた、知識がないと買ったあとで騙されたって気がついて後悔しますよ。勉強しておいた方がいい」

「買わないので……」

「親衛隊がイヤなら、国防軍の制服を買ったらいいでしょう。わたしが教えますよ」

「要りませんから……」

「そうだ、本物と偽者の区別の仕方教えますよ。ほつれ糸を一本引き抜いて、ライターの炎であぶるんです。偽物は化学繊維で作られてるから燃えます。本物はウールだからね。これ、覚えておくといいですよ」

「いや……だからね、もう何度言ったら……買いませんというのに」

AABCDは気が気ではなかった。ナチス関係の話題は、どう考えても規約に抵触する。いくら町外れといっても人通りが全くないわけではなく、通りがかる人は物売りの男の「ナチス」「親衛隊」という単語を耳にしてか、胡散臭そうな視線を投げかけてくる。

物売りの男は、周囲を気にする素振りもなく、「ヒトラーがね」だの「ヒムラーの指令でね」などと、危険極まりない単語をがなりたてている。

「あの、自分、ちょっと用事がありますので、これで……」

「ああ、そう。じゃあ、今から馴染みの軍装店に案内しますよ。階級章でも、さっと買って帰れば時間もかかりませんから、さあ行きましょう」

「やめてええええ」

AABCDが懇願の声をあげた瞬間であった。物売りの男の姿が、かき消えた。驚いて周囲を見回すと、すぐ背後に赤いローブを着た男が立っていた。

ゲームマスターであった。

背筋が凍る。目深にかぶったローブの奥から、ゲームマスターの目がじっとこちらを見つめていた。もうだめだ、とAABCDは思った。牢屋に収監されてお説教、48時間アカウント停止、アカウント削除、資産没収、UO追放……と、暗黒の未来予想図が次々に脳裏に展開され意識を失いかけたとき、ニヤリと笑ったゲームマスターは、

「よい旅を」

そう、一言を残して消えた。

気がつくと、つい今まで物売りの男がそこにいた痕跡は、何一つなくなっていた。まるで狐か狸に化かされたかのようであった。

これは、悪夢の続きであろうか。AABCDは震える足を懸命になだめつつ、夢なら早く目覚めて欲しいものだとそればかりを願っていた。
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