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捕獲されました。年貢の納め時というやつ。
2006年03月09日 (木) | 編集 |
ブックオフに行って来た。

自分は読書が好きで、月に20から30冊ほど読む。図書館と古本屋へ週に一度は足を運んで、あれこれと本を漁るのが楽しみである。今日は、宮部みゆきの小説を数冊と、医療関係の本を数冊選んだ。満足。

レジに向かおうとして、105円本のコーナーを通ったとき「自衛隊〝本土防衛〟」という文庫に目が止まった。興味を惹かれて手に取ってみた。ペラペラと頁をめくる。内容はタイトルが表すように、有事となったら自衛隊は戦えるのだろうか、答え・戦えませんというもの。読む前から想像していたとおり。だが、自分は興奮で鼻を膨らませ、フガフガしながら「これは買いだ!」とのぼせた頭で思った。105円だし。

内容が面白かったのじゃなく、あちこちに引かれた鉛筆の線に度肝を抜かれたのだ。たとえば下のような具合。「」に囲まれた部分に線が引いてある。
──対着上陸作戦でも同じことで、「侵攻してくる敵は、海浜、沿岸、洋上と三分されているときがある。」達着したばかりの敵部隊は、まだ組織化されていない。「ここにつけこむのが水際撃破構想」である。
──絵に描いたような水際撃破構想が現実のものになれば、誰も苦労はしない。「最強の第2師団が布陣し、第7師団や第1特科団の支援が受けられる北海道北部」ならば、今日でも「水際撃破構想は成立」するだろう。

このような調子で、全頁にわたっている。たぶん、最初にこの本を買った人は、「うむっ、これは重要だ、これは覚えねばならない! ねばねばならない!」と、血走った目を見開いて鉛筆握り締め、吹き出た汗で全身ねばねばしていたに違いないのである。気迫の残滓が頁から立ち上ってくるようで、なにやら物悲しいではないか。涙がこぼれるではないか。

自分は小学2年生の時に太平洋戦争の時の撃墜王・坂井三郎の空戦記を読んで感動し、小学5年の時にはナチス・ドイツに感激して、元凶の友人と「ジーク・ハイル」と叫んで右手を上げる遊びに興じていた、危険な軍事をたくである。自分で言うのもなんだが、頭がおかしい。

なので、この本に線を引いた人の気持が痛いほど分かる。自分にも、必死で知識を詰め込んで偉い気分になれた時期があったよ、うんうん。と、遠い目をしながら頷いてしまうのである。

軍事関係の入門書や戦記ものを貪るように読み漁り、旧海軍の軍艦名をほとんど諳んじることができるまでの立派な変態となった自分は、20歳を過ぎた頃に、ふと思った。この知識を積み重ねていって何の役にたつの、あたし?

本当に北朝鮮や中国が攻めてきたところで、自衛隊に何の関係も無い自分は、お呼びでないのだからね。第2師団が日本最強だとか、上陸した敵を叩くには水際が良いと知ったところで、だから何だというのか。実際の人生で、何を相手に水際で戦うのというのかね、チミはっ! 

知識だと思い込んでいたものは、まったく何の役にも立たず一文の価値もない、単なる情報の欠片にすぎなかったのである。愕然。呆然。

一度、それに気がついてしまうと、九〇式戦車の性能がどうだろうと、旧日本海軍の空母の運用がまずかろうが、急速にどうでもよくなっていった。買い集めた本もどうでもよくなり、大半を処分。軍事方面への関心はだいぶ薄れた。

かような紆余曲折の末、今では「人間だもの」と呟きながら、日野原重明の本を読んで堕落した日々を反省し、柳澤桂子の本を読んで生きる意味を熟考する、真面目人間に生まれ変わりました。ありがとう、ありがとう。

そんな経験を経たおかげでウルティマも、だいぶどうでもよい。
「友あり、遠方より来たりて死に祭り。また楽しからずや」
そんな気分であるゆえに、対人系の熱さには眩暈を覚えるのである。ギルドPITの掲示板など、なにこの批判罵倒合戦は。この掲示板合戦に勝とうが負けようが、どうだというのかね。こんなことやってる時間に他のことできるんじゃーないのかね。以上、余談まで。

って、あああ、本題に入ろうと思ったのに、現在時刻午前3時半。どうでもよくなったので、今日は寝ます。続きは、また明日……。
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