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捕獲されました。年貢の納め時というやつ。
2018年09月12日 (水) | 編集 |
14、15巻を買う。

第14巻は、どれも好きな話だけれど、一番は第56話の『悪戯な雨』かな。雨の日の出会いは、最後の一コマにつながって、やわらかい思い出になって残る。こんなの反則やろ、おじさん泣くやろ。うわーん。

物語は読み手によって、いろいろな受け取り方ができる。ぼくは年齢的に、主人公の夏目貴志より、彼を見守る立場の人物に感情移入する場面が多々ある。物語によって、塔子と滋の夫婦だったり、名取周一だったり、ときどき、ニャンコ先生だったりする。無言で、だれかの横顔を見つめる目。この漫画でよく出てくる、あの表現のままに。

貴志を引き取る、塔子と滋に焦点をあてた回が第15巻の特別編13『塔子と滋』。ぼくは『夏目友人帳』を読むたび、脱水状態で死にそうになるのだけど、特別編だけに特別に効いた。

貴志を引き取る以前。友人から旅行に誘われ、滋を留守番に残して、出かけた塔子。楽しい一日をすごし、宿の布団の中で眠りに落ちる前に、思うのだ。

――ああ いつか
あの人を 失う日がきたら
私は生きて いけるかしら
いつか 私を失っても
あの人は 生きてゆけるかしら


かならず別れの時はくる。頭でわかっていても、日々の忙しさに隠れてしまう現実。それに、常にそんなことを考えながら生きてゆけるものでもない。それが、ふとした拍子に思い出す。忘れていたこと、考えぬように押しやっていたことが姿をあらわし、思考を独占し、胸を苦しくさせる。まるで、あやかしのよう。

『夏目友人帳』は、出会いと別れを繰り返す物語。会えた瞬間は濃密につながるけれど、別れるべき時がくれば、見苦しくつながり続けようとはせず、さらりと離れ、しかし心は残している。一期一会の余韻が、たまらない魅力だと思う。

こうありたいと願いながら、なかなかに執着を断ちがたい未熟な自分。読むたびに、自分をかえりみる。そういう大切な作品です。
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