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捕獲されました。年貢の納め時というやつ。
2017年10月04日 (水) | 編集 |
――4.鼻歌。

一階の廊下。つきあたりは小児科。その手前は内科の診察室が並んでいる。小児科と内科の中間にトイレがある。

ずらりと並ぶドアを、ひとつひとつ施錠を確認してゆく。

どこからともなく、かすかな鼻歌が聞こえた。ぎくり、と身体がふるえた。

懐中電灯の明かりを左右に走らすが、だれの姿もない。

この病院は駅前にあり、外は繁華街。酔っぱらいの声や、学生がさわぐ声が響いてくるのは、しょっちゅうだ。

耳をすませて、音の方向をさぐる。外からの音ではない。あきらかに、建物内から音がしている。診察室の中からでもない。

廊下のどこかから聞こえてくる。しかし、廊下は一本道だ。それでいて、だれの姿もないのだ。

耳をすませて音の方向をさぐるが、音の場所は近いような、遠いような、方向も距離もはっきりわからない。

それでいて、かすかな音量だが、フゥーーン、フゥーン、フーンと、はっきり聞こえる。なんの曲ともわからないが、ゆるやかに音程が上下する。鼻歌、としか表現のしようがない。

若い女だ、とわかる。

そういえば、と思い出した。

トイレで人感センサーが反応したのは、女子トイレだった。いま、その女子トイレを目の前にして立っている。明かりはついていない。

(ここで明かりがついたら、どうしよう)

想像して、おそろしくてたまらなくなり、その場から走って逃げた。


――5.透析室。

この病院、こわいと職員が口をそろえて言う場所が二箇所あった。ひとつは、つきあたりが小児科になる一階の廊下。もう一箇所が、二階の人工透析室。

あるとき、病院の職員が書類が必要になって夜中の透析室に入った。戻ってきたときに、真っ白に顔色をうしなっていた。

「透析室のベッドに、だれか寝てた。えっ、と思って見直したら誰もいなかった」

何人もの職員が透析室で、亡くなったはずの透析患者さんが佇んでいるのを見ている。透析室は、職員のだれもが夜中、ひとりで入るのを恐れる場所だった。

しかし、警備員は毎夜二回、ここを巡回せねばならない。おそろしい話を聞かされているせいか、ほかとは雰囲気がちがうように感じられた。

警備員は平日、昼間、出入り口に立って外来者の案内業務に就いている。決められた曜日に通ってくる透析患者とは、顔見知りになる。挨拶はもちろん、世間話もするし、愚痴につきあうことも多い。つきそいの家族とも親しくなる。

透析を受ける患者さんは腎臓が機能しない。週に二回から三回、透析を受けなければ、たちまち命があやうくなる。台風だろうが、大地震だろうが、透析を休むことはできない。普段の生活も、食事、水分ともにきびしい制限を受ける。そのうえ、透析のたびに大量の水分を急激に抜き取るため、たいへんに苦しい思いをする。

それが一生つづく。

すこしずつ弱ってゆく。

自分で歩いて病院に通えていた人が、息を切らしながら歩くようになり、杖が必要になり、車椅子になり、失明し、手足を切断し、……という姿を、警備員は見ている。

そういえば、あの人しばらく顔を見ないなと思っていたら亡くなっていた、というのが年に十人はいる。

透析室にはベッドが二十床以上ある。ベッドには、それぞれついたモニターはついている。モニターの電源は二十四時間落とさないようで、うすあわい緑色の光が、ずらりと並んでいる。幻想的ともいえたが、気味の悪く、とてもさみしい場所だった。

警備員仲間も、いつも挨拶を交わしていた透析患者さんの顔だけが宙に浮かんでいたり、窓から外をながめていたのを何度も見たと言っていた。

透析室は、かれらの長くて苦しかった戦いの場所である。どうしても思いが残って、なかなか離れることはできないのものなのだろうか……。

(つづく)
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