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捕獲されました。年貢の納め時というやつ。
2015年02月05日 (木) | 編集 |
ブラッド・ピット出演の、第二次大戦末期の米軍戦車が活躍する映画です。

男子って、どうして、こんなにも戦いが好きなのかしら。野蛮で、やあねやあね。といわれそうな内容で、女子にはまったくおすすめしません。ブラピが好きな女子でも、ダメかもしれないです。

男のロマンが丸出しにされている、この映画のウリは、本物のタイガー戦車が登場しての戦車戦。

これを目当てに見たわたくしは、タイガー戦車登場と同時に大興奮。わあん、ちょうかっこいい、たいがーせんしゃかっこいいちょうかっこいいすてきすてきわあんわあん。思わず、コーラLサイズを一気飲みです。

心情としては、いちおう主人公たちの立場で物語を楽しんでいるので、フューリーに負けてほしくないのだけど、知らぬうちにタイガー戦車をも応援していて、タイガー戦車が撃破されてしまうときには思わず涙を流す自分に気がつく、30年来のドイツ軍マニアは複雑です。

あらすじ。

ブラッド・ピットが戦車長を務める「フューリー」号に欠員ができた。配属されたのが、ノーマン。この人、タイピストになるはずが、どういう手違いか戦車部隊に配属されてしまった。戦闘経験は一切なく、戦闘訓練も受けていません。

「フューリー」号の乗員たちは長く戦ってきたベテランたちで、あまりに長く戦いの渦中にいたため、みんな頭がおかしくなってます。

ブラッド・ピットは、「人殺しはしたくない」と、ごねるノーマンを無理にドイツ兵捕虜を殺させ、戦車に乗て戦闘を体験させ、「殺さなければ、殺される」戦場の洗礼を受けさせます。

葛藤を抱えつつも、戦いに(戦場の狂気に)巻きこまれてゆくノーマン。やがて、クライマックスの戦いを迎えるときに、それぞれの決断は一体。結末は、見てのお楽しみ。

ただ、わたくしは戦車そのものは楽しんだものの、物語としては、やや置き去りにされているように感じました。

ノーマンが『フューリー』号に配属されてから、最後の戦いに至るまでの「物語的時間」が、あまりに短いため、プラピをはじめとしたベテラン乗組員とノーマンの交流が、ぎこちなく手探りのままで、ようやく、お互いのうわべに触れたかどうかの段階で、物語が終盤に流れてしまうのです。

「このイカれた男たちも、もともとは普通の人で、過酷な戦いを乗り越えてくるうちに、だんだん狂ってきたのだろうな」

と、思わせる描写はあるのですが、わたくしがもつ経験や常識によって推測されるだけのこと。いったい、ブラピたちは、どういう苦難をどう乗り越えてきたのかがわからないので、彼らの狂気にも入りこめません。

ノーマンは最初から最後まで、とまどったような表情を浮かべています。それはそのまま、見る側の困惑につながる気がします。

戦いがおわり、ノーマンが無事に復員できたとき、彼の中になにが残るのだろうかと考えると、トラウマにしかならないのではないか。わたくしが彼だったら、

「あの経験は一体何だったのか、今考えてもよくわからない」

としか、述懐できそうにない気がします。

暴風がいろんな物を吹き飛ばし、なぎ倒して荒れ狂うのを、安全な家のなかから窓越しに呆然と見守っていたら、嵐は、いつの間にか通りすぎていた――そんな感想をもった映画でした。
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