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捕獲されました。年貢の納め時というやつ。
2015年01月15日 (木) | 編集 |
わたくし、今日も休みです。

前にも書きましたが、仕事の関係で土日にまるで休みがとれないため、平日にちょこちょこと休むことにしています。この週末も、また地獄の勤務が待っているぜ、ハハ、ハハハ……。

みいたんは仕事。

「なんで、あんただけ休みなの、わたしも休みたい休みたい休みたい」

ぶつぶつ、つぶやきながら出勤したみいたんは、

「夕飯はカレーにするから作っておいてね!」

そう言い残して行きました。米をといで、炊飯器のスイッチをいれました。あと30分で炊きあがるので、そろそろカレー作る準備始めないとね。その前にブログ書くぜ、おういえ!

おそろしいことに、染井次平庄太郎との交渉は、まだ続いています。しかも、「メールだと埒があかない。会って話をしたほうが早いから時間を調整してくれ」などと言い出す始末で、一度は、今後は会う必要がないと確認したはずなのに。当然、その必要は認められないと拒否いたしました。

すこし話は変わりますが、わたくし、みいたんと知り合い、結婚して、しみじみと自分の限界を思い知らされています。これほどまでに器の小さい部分があったのかと、もともと大きい男だとは思っていませんでしたが、あらためて己の程、というものを情けなく思うことがあります。

これは、なにも結婚に限った話ではなく、また、わたくしだけの特別なことでもなく、だれでも環境が変わると、いままでの無意識のままのルーチンワークでは対応できない出来事が起こります。意識変革とまで言うとおおげさかもしれませんが、なにがしか、自分を変える作業が必要になります。

生きて経験をつめば変わらざるをえないはずなのに、まったく変わらないのが染井次平庄太郎という男です。まるきり、18から20歳にかけてサバゲで夢中に遊んでいた頃の彼が、そのまま今も、わたくしの目の前に現れています。

染井とは、この騒動がおこるまで3年間会わずにいました。その1年ほど前から、徐々に縁遠くなり、東日本大震災でも、お互いに連絡を取りあいませんでした。そうであれば、もうお互いを必要としていないと考え、縁も自然消滅にまかせるのが流れというものだと思っていたのですが、染井はちがったようです。

あちこちに手をまわして、わたくしとの復縁を図ろうとしたようです。が、そのやり方がいかにも染井らしく、なかなか連絡がつかないことでしびれをきらし、うちの親に、

「たれざえもんと話をさせてください。明日、そちらに行きますから、わたしの目の前で電話してください。やつが出たら、わたしが代わって話しますので、電話機を渡してください。いいですね?」

と、恫喝をかけたというの。このように、親に追い込みかけられて、また昔みたいに仲良くやろうかと言えるほど、わたくしは優しくないです。もっとも、染井にしてみれば当然の権利だと思っていて、恫喝と受けとられるなど、つゆほども思っていないのでしょうが。

困惑した親に、そっちでなんとかしろと言われ、やむなく染井と連絡とった、その電話の第一声が、

「桃、食うか? 食うなら、送るけど。送りたいから、住所教えてくれ」

あの震災のあと、一切、安否確認もしなかった相手への一発目がそれなの? ほかに言いようがあるだろうと思うのは、わたくしが酷なの?

わたくしは、みいたんと結婚し、守るべき人ができました。中年の身体と、少年の心と知能をもつような人間のお守りをする余裕は、もうありません。よって、染井から、

「明日会える? 明後日会える? いつ会える? いつ会える? いつ会える?」

というメール攻撃(まさに攻撃)がきても、のらりくらり放ったらかしにしていたら、染井が激怒したという流れです。

もう、お前は信用出来ない。いままでの恩を返せ!

これを言うということは、自分自身は信頼に足る人間であるという無邪気な前提がある。だから、相手の人間的信頼性を攻撃できるわけですが、奇遇ですね。ぼくは、とうの昔にあなたを信用していません。ここは、お互いに意見の一致をみたようです。

ということで、次回から、カテゴリ「Episode SOMEI」がスタートします。いんちき歴史小説でも、似たようなこと書いてるので重なる部分がありますが、ご容赦ください。おういえ。

話はまったく変わりますが、あぶない商売を始めて迂闊にインターネット上に個人情報を載せると、おそろしいことになるという実例をご紹介します。この場合、完全に自業自得ですが。

→ 「自己責任による、消えることのない個人情報」の場合。
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