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捕獲されました。年貢の納め時というやつ。
2011年06月15日 (水) | 編集 |
ごめんなさい、また司馬遼太郎の『峠』を読みなおしているの。10回は、間違いなく読んでいるぜ。愛してやまない、河井継之助さま。

そして、いんちき小説の更新を先週おやすみしたわけは『峠』の再読にある。

それというのも『峠』にでてくる文章が、いんちき小説のほうに、ほとんど引き写しのようにして出てくるのを見つけてしまったのであるよ。やっべえええええ。

たとえば、こう。

『峠』

なにごとも初体験というのは印象を際限もなく大げさにするものらしいが、ことに別種の人間を見ることほどすさまじい衝撃はない。


『いんちき小説』

なにごとも、はじめての体験は心に響くものだが、それにしても印象が強すぎた。


ぐわ、ぐわあ。誓って言うけど、あたくし『峠』の文章を意識していたわけではないの。すっかり忘れていたくらい。

それなのにいざ書いたら、書き出しが一緒のうえに文意もほぼ同じって、盗用だと指摘されても、まったく反論できないじゃねーか。

いくども繰り返して読んでいたから、司馬センセーの文章が自然と頭のなかに住み着いちゃったのである。それが、まるで自分の考えであるかのように出てきちゃったにちがいない。うわあああああああん。

実は、こういうのを、もう一箇所みつけてしまった。あわてて修正しているところなのだけど、ショックで時間がかかっている次第。


あたくしは人見知りである。こうやってブログでは、さらりと書いているけれど、そうとうに重症な部類。今まで、あちこちで挙動不審な姿を披露してきた。そのたびに「また、やってしまった」と死にたくなってきた。

なにせ、この年になっても、あたらしい出会いがとっても怖いのである。ほんとうに自分が情けない。

だから、不器用で、気が小さく、人づきあいがうまくいかない人の気持ちはよくわかる。失敗談や、愚痴はいくらでも聞くし、応援したいし、どうしたらいいかは一緒に考えたいくらい。

しかしながら。

「人見知りだから、××はやらない、できない」

という言い訳をつかうのには賛成しない。自分が、そういう性向をもつからこそ、その言い訳が危険であることを身にしみている。

たとえば、こういうエピソードはどうだろう。

U「ラーメン食べようよ」

S「いいですね」

U「どんなラーメンにしようか」

S「うまいラーメン」

U「……好みって、あるでしょ」

S「うまいラーメンが好みです」

U「だからさ、どんなラーメンがうまいと思うの?」

S「うまいラーメンが、うまいと思います」

U「脂がうまいとか、あっさりがうまいとか、人によってあるじゃない」

S「いえ、ですから、うまいラーメンならなんでもいいんです」

U「じゃあ、どっかうまい店知ってる?」

S「そんなもの、わたしが調べてるはずがないじゃないですか」

U「……あのね、こういうのはみんなで楽しもうって話なんだよ。調べない、知らない、ですむの?」

S「いえ、わたしは調べるのとか苦手なんです。ですから、調べるの上手な人が調べたほうがいいじゃないですか。わたしは、うまいラーメンなら、なんでも食べます」

U「あっ、そ」

なぜ調べるのが苦手かといえば、調べるのが怖いから。自分はうまいと思って調べた店でも、相手がまずいと悪いから。自分に自信がないから。失敗する自分が許せないから。

でも、これって、たとえ悪意はなくて、本人にとっては重大なことでも、それを言われたほうは手間暇かけるのだから「楽をしたいから、お前が働け」と言われたのと同じなのよね。

すべての「私は××だから、××をやりません」の言い訳は、「私の分を、あなたが働いてください。私を楽させてください」を含んでいる。言う方に、その気がなくても、現実にそうなるのである。

「私は人見知りだから、挨拶できません」

となれば、言われたほうは、ふたり分の挨拶をしなきゃならない。

「私は知識がないから、調べません」

といえば、言われたほうは毎回調べなきゃならない。

「私と遊ぶと、あなたに負担がかかりますよ、私はお荷物ですよ」と宣言してるよね、自分で自分の価値をさげてるよねと思うのだけど、これがわからない人が、おそろしいほど多いのである。

UOのときには「白豚(ボスを倒すための構成のキャラ)作ってくれないかな?」とお願いしたら、「いや、私は趣味で遊びたいから」と断られた。それも、一人や二人じゃないの。これって「おれの趣味を支えるために、お前は趣味を捨てて効率キャラで働け」と言ってることに他ならないでしょ?

あたくしは淋しいと死んじゃうので、人と会うと気が狂いそうになる小心者ながらも、草野球の世話人をやるし、食事会を呼びかけるし、UOでは、おけつだして騒ぐのである。これらを楽々やってると思ったら、大間違い。毎回、血ヘド吐きそうになっておる。

ごんたくんと、はじめて二人で秋葉原探索したときは、ごんたを殺すか、おれが死ぬか、のような気合で行った。きっと、緊張で目ばかり異様にギラギラ光ってて「なーに、コイツ?」と思われたに違いない。きゃあ、やっぱり殺す!

だから、なにかでリーダーになれば、

「なぜ、みんなは自分の指示なんかに従ってくれるのだろう」

と、あたくしは考えずにいられない。あたくしって、何者なの? 中学生みたいな問いを、今でも胸の中にもっている中年おっさん。わあ、これ読んでるヤツ、全員殺す! これって殺人予告? 通報しないで、通報しないで!

そういうあたくしに『峠』の河井継之助さまは、こう教えてくれたのである。

「人間は、立場で生きている」

と。そうだよな、立場だよな、と心にささったのが、今から15年も前の話――。この話のつづきは、また来週。
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