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捕獲されました。年貢の納め時というやつ。
2011年06月04日 (土) | 編集 |
大宇宙が、ビッグバンと呼ばれる爆発から始まったことを知らぬ人はいないであろう。ビッグバンから現在まで137億年という、とほうもない時間が流れているのだという。

太陽の年齢は、およそ45億年。地球も、太陽と同時期にできたと考えられているそうな。

ナショナルジオグラフィック日本公式 宇宙 http://www.nationalgeographic.co.jp/science/

地球誕生から10億年がたった、およそ36億年前に、最初の生命が誕生した。

生命は、かぞえきれないほどの死と生をくりかえして複雑に進化をとげ、現生人類であるホモ・サピエンスが、アフリカのどこかに現れた。

それから、20万年。

あたくしは、ドトールの壁際の席で温かい紅茶をのんで、いつものように、なすこともなく放心している。寒かった、おとといのことである。宇宙は、どうして、こんなところにたどりついちゃったのであろうか。

むかいの席には髪の長い、目鼻立ちのくっきりとした女性がいて、ケーキのセットを楽しみながら読書をしている。あたくしは、凹凸のおだやかな日本顔が好みなので、くっきりはっきりした顔には、あまり、ときめかない。

と、いいつつ、しっかりと女性のしぐさを視界にとらえている。「見る」という行為。相手がこちらに気づいていず、こちらだけが一方的に見るという、暴力的な関係性。箱男の気持ちが、いまはよく理解できる。

が、甘美なときは一瞬にしてくずされた。

女性が本を置いた。顔をあげて虚空を見すえた。と思ったら、まるで天井にはりついている人と会話をしているかのように、口をパクパク動かしはじめた。声は出していない。

なに……? なにをしているの……?

やがて、機械仕掛けのおもちゃのようにガクッガクッとした動きで、身体をかしげたり、手をあげたりするの。

きゃあ、こわいいいい、なにこの人、こわいいいいい。

あたくしは、内心おびえながらも、こういうやり方で視線の関係性を破壊する方法もあるのだと得心した。「見られる私」から「見せる私」へ。「見られたくない私」から「見たくないものを、見せつける私」へ。

やがて女性は動きを止めて、また本に戻った。しばらくすると本をおいて、口をパクパク、身体をガクッガクッ。それをくりかえす。役者で、演技の練習をしているようにも見えなくもないが、でもドトールの店内で? そんなことするやつ、おるか?

この女性、だれかに似ていると、ずっと思っていたが、わかった。石原真理子そっくりじゃねーかー。いやああああ、こわいいいい。

その間じゅう、右どなりの席では60がらみと思われる男二人が、遺産相続の話で盛り上がっていた。片方は、男泣きして嗚咽をもらしているの。

「親父がね、どれだけ苦労して6割は残るようにしたと思ってるんです。それを、あいつら半分以上、奪おうなんて強欲もいいところだっ。あたしはね、許せませんよ、そんなこと! ぜったいに戦いますよ!」

「いや、わたしもね、間に立ったことがありますでしょ。そうしたら、わたしを悪者扱いですよ。わたしの善意をまるきり理解しちゃいないんだな。わたしはね、なにも分配にくわわろうというんじゃないんだ。ただ、先代の恩を考えるとね、このままあじゃあいけないと思ったんですよ」

「ええ、ええ。おっしゃるとおりでね。稲毛のアニキは、それはもう××さんには感謝してますよ。あたしらは感謝のわかる人間です」

「そう言っていただけると嬉しいんだが、しかし、あいつら、わたしの立場というものを、どう思ってるのか。もう少し冷静になってもらわにゃ話になりませんわ」

「そうなんだ、あいつらは人間じゃないんですよッ!」

……遺産相続で親族がもめているようだった。こんな、へたなドラマみたいな現実ってあるのねえ。それを、ドトールで知るとは思わなかったけど。あたくしは、すっかり市原悦子の気分で聞き耳を立てていた。泣いてるおっさんは興奮して、場所わきまえずに叫んじゃってるんだもの。聞くなというほうが無理よね。

うるさいから、あいている左となりの席に移ろうかと思ったところ、腰のまがった男性がアイスコーヒーを載せたトレイを持って、あぶなっかしく歩いてきた。左にすわるつもりらしい。まあ、いいか。

壁際の席は、小さい丸テーブルの向かいあわせに椅子が二つ置かれて、狭い。男性はあたくしに背をむけて、テーブルとテーブルの間を、もぞもぞと移動している。腰がまがってるものだから、あたくしに尻をつきだしている形だ。

なにを思ったか、後ろにまわした手で尻をおさえた。ぐっ、と急に背筋をのばしたが、痛みがはしったらしく「ぐっ」とうめいて、最前よりさらに尻をつきだす格好になった。尻があたくしの目の前にある。

んー。なんか、今、「フスーーーーーーーッ」て音しなかった? んー。んーううううー。んううううううううううううううううううううううう?

ぎゃあ、しみるー、目にしみるー! 店長、オウムの残党が店内にひそんでるもようです! たすけてー!

やがて、毒ガスは右となりの席にも到達したようで、

「ええ! みんなで力をあわせましょうよ! 先代の努力を守らないと! みんなで知恵をしぼれ……うぐぐっ!」

と、会話が中断した。ふたりして憤怒の目をして、あたくしをギロリと睨むのである。ぎゃあ、ちがう、あたくしじゃないわ!

真犯人のジジイは、なにごともなかったような顔で、アイスコーヒーにガムシロップをふたつもぶちこんでいた。

「あたくし、見たんです! あの人が犯人です! まじで! ちがうの、あたくしじゃないのおおお」

宇宙はいま、千葉のドトールの一隅にて、あたくしと、おならを我慢できぬジジイと、遺産に執着するおっさん二人を邂逅せしめた。

宇宙は、あたくしがジジイのおならを顔にふきかけられ、そのうえ、悪臭の大元と疑われることのために、137億年のときを必要としたのである。

すなわち、ジジイのおならは137億年をかけて宇宙が作りあげたものと言ってよく、これぞ大宇宙の神秘。神の奇蹟の顕現といわずして、なんだというのか。

もう、宇宙なんか滅びてもいいんじゃねーの? という気がしてきた、午後3時のドトール。
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