FC2ブログ
捕獲されました。年貢の納め時というやつ。
2010年11月11日 (木) | 編集 |
■のぼうの城 / 和田竜(小学館文庫)

『のぼうの城』を読んでみた。それも新刊で買っちゃったわ。野村萬斎主演の映画にもなるというし、どんなもんかと思ったのよね。こういうのを魔が差したというのかしらん。

上下巻を3時間で読み終えてしまった。ブクログには、さんざんにまよって上巻を☆3つ、下巻を☆2つ。

司馬遼太郎好きな、古いタイプの歴史、時代小説好きには、ちょっとキツかった。分かりきってるだろう、そんなの、と言われそうだけども。

でも、文章は決して悪くなかったのよ。時代小説らしい風格もあって感心した。たぶん、作者も好きで、けっこうな量を読んでるのだと思う。

ところが、ところどころで作者の集中力が切れたかのように、すぽっと現代表現がはいってきて背中がむずむずしちゃう。とくにセリフまわしは、おもいっきり現代の兄ちゃん言葉で、気持ち悪いアンバランスさに脳がかゆくなる。

ネット上のインタビューをチラリとのぞくと、セリフが軽いのは、ふだん、歴史小説なんか読まない人にも入りやすいようにと意図的にしたことみたい。

だったら、へんに地の文を硬くしないで、ぜんぶ軽くしたほうがよかったんじゃないかとも思うけど、どうなんだろうね。

ブクログやアマゾンのレビューは、おおむね好評。少ない批判のなかに「キャラが薄い」って意見があった。あたくしも、それに同感するのだけど、むしろ作者の盛り上がりの薄さを感じた。

作者にとっての、戦いってなんだろう。なにに「かっこよさ」を感じているのだろう。のぼう様の、なにがカッコイイのか? のぼう様に従う、成田家家臣たちのなにがカッコいいのか? 対する、石田三成、大谷吉継は、どうだろう? どこに華があるのか? なにが華なのか? なぜ、この男たちを描くのか?

あたくしの「どうして? なぜ?」に物語がこたえてくれない。物語が熱を発していない。平板に、さらさらと流れていく。そこが、どうしても物足りなかった。

でも、これは、あたくしの脳が古いせい。古いコードで物語を読もうとしているからだ、というのは自分でも分かる。

あたくしが欲しい熱気って、反面では「うぜー」って敬遠されることでもあるんだよね、今では。だから、熱のない、この物語が若い人にうけるというのも、よくわかる。だから、それはそれで、いい……というか、もう、しかたないことなんだろうなあとも思った。

いちばん残った読後感は、さみしさ。

本は、バリサルダ式友情価格の伝統にのっとり、上下巻で1000円のところを、ウリくんに2000円で買ってもらおうと思う。

「友だちなんだから、もっと、相手を儲けさせることを考えたらどうなんですか」


本にしおりがはさまっていた。そこに「忍城おもてなし甲冑隊」というのが紹介されていた。

・忍城おもてなし甲冑隊 http://www.oshijo-omotenashi.com/

なーに、これ? 戦国メイドカフェ『もののぷ』の親戚みたいなやつ?

こまっちゃうナー、おもてなししちゃうんだもんなー。忍城にちなんでるなら、「城には一歩たりとも踏み込ませぬ」と、観光客全部追い返してもらわないと面白くないよね。

好き放題いう、こまったおっさん一匹。
スポンサーサイト