2010年05月14日 (金) | 編集 |
先に、お知らせ。例の小説を更新しました。
すこし前まで頭かかえてもがいてたのですけども、ようやくその時期を脱しました。しばらくは、快調に書けそうな気がします。せめて週に一回は更新せんと、ほんとうに先に寿命がつきてしまうわ。
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しばらく床屋にいっておらず、髪がうっとうしくなっていた。仕事にすこし時間があいたのをみはからい、いきつけの床屋にいってきた。
あたくし、美容室などという軟弱な場所にはいかぬ。だんじて床屋である。カミソリもったおっさんが待っていないと、心が燃えない。
というか、若い女性美容師がたくさんいたら間違いなく挙動不審になるので、そういう場所は近寄らない。
「やだ、この人、加齢臭すごい!」
と、嫌がられてるのじゃないかと想像すると、いたたまれなくなり、
「申し訳ございません! もう二度といたしません!」
叫んで、その場で腹をかっさばきかねない。
そう言っておいて、実は、いきつけの床屋は女性の理容師の店なの。キャッ、前言撤回、やっぱり女の人がいいよね。悪臭はなつしか能のないおっさんは、神の怒りにうたれて滅亡すればいいよ。
もっとも女性店長といっても、あたくしよりも上の年齢の方である。やたらとお喋りな、おばちゃん。たいへんに気さくな店だ。
だが、あたくし、毎回わずかな不満が残る。店長ったら、前髪をあんまり切らないの。
「どうですか?」
と鏡を示されるが、明らかに前髪だけが長い。
もうちょっと切って下さい。はい、ちょんちょん、いかがですか? もうちょっと……。ちょんちょん、いかが? となって、最後は面倒くさいので「それでけっこうです」ということになる。
あるとき、これは、
「あなた、切れっておっしゃるけど、ねえ。切ったら、あの、オデコ……。切れとおっしゃるから申し上げますけど、あなたのオデコ、そうとう広うございますわよ。丸出しにして町を歩くのもかまわないと、おっしゃるなら切りますけれど、本当によろしくって? 前からくる車が、なんだよライトをハイビームにしてんじゃねーよ、と思ったらオデコの反射だったなんてことになっても、あたくし責任とれませんことよ?」
と言ってるにちがいないと気づいてしまった。
おれのオデコはそんなに広いのか、前髪で無理やり隠さなければならないほどなのか、くそう、くそう。屈辱にふるえた。
しかし、このごろでは、髪のプロが「お前のオデコは前髪で隠せ」と言うのならば、隠すべきだろうかとも考えなおし、おとなしく切られるままにされている。
ところが、先日に限って、むきむき短髪、小麦色の肌をした兄さんが店番をしていた。雰囲気は、晩年の三島由紀夫に似た感じであるが、若い。30にもなっていないのではないか。
やだ、こわい! ここ、床屋じゃなくて、 "Gay cruising spot" なの?
お兄さんは白い歯を見せてにこやかに笑い、「いらっしゃいませ」と、言うの。あら、なんて素敵な声色。あたくし、魅入られたかのようにフラフラと椅子に座ってしまった。
「今日は、どういうふうに?」
「全体に短く切ってもらえますか」
「おれみたいに?」
また、爽やかにほほえむ、むきむき兄さん。思わず、はいと返事をしてしまった、この魔力はどうであろう。
むきむき兄さんは、豪快に髪をかりこんでいく。手つきに、ひとかけらの躊躇もない。終始、おだやかな笑顔を浮かべている。男に触れることが楽しくて仕方がない、といった様子である。
あたくしの人生のなかでも、いちばんの早い時間での仕上げ。兄さんは、かなりの技量の持ち主であった。
「おつかれさまでした。またよろしくお願いします」
兄さんは大胸筋を強調するように、胸を張ってお辞儀をする。たくましい胸元に視線釘づけ。なにか怪しい熱さがこみあげてくるが、あわてて否定した。
そんなわけで、今はとっても髪が短い。そうなって分かったのだが、おばちゃんが前髪で隠せと言ったのも、実に無理からぬ意見であった。
オデコに太平洋が存在していた。パシフィック・オーシャンである。じつに壮大な眺望。
あたくしが幕末に生まれていたら、坂本龍馬があたくしのオデコをみて海援隊を思いつくに違いなく、勝海舟と、
「龍馬よ。あのオデコのむこうに、あめりかがあらあな」
「先生、わしも行ってみたいキニ!」
などという会話をかわしたかもしれぬ。
オデコの広さも、考え方次第では勇壮な心をやしなう糧となりうるかもしれない。そんなことを思った。
……わけがない。せつない。
すこし前まで頭かかえてもがいてたのですけども、ようやくその時期を脱しました。しばらくは、快調に書けそうな気がします。せめて週に一回は更新せんと、ほんとうに先に寿命がつきてしまうわ。
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しばらく床屋にいっておらず、髪がうっとうしくなっていた。仕事にすこし時間があいたのをみはからい、いきつけの床屋にいってきた。
あたくし、美容室などという軟弱な場所にはいかぬ。だんじて床屋である。カミソリもったおっさんが待っていないと、心が燃えない。
というか、若い女性美容師がたくさんいたら間違いなく挙動不審になるので、そういう場所は近寄らない。
「やだ、この人、加齢臭すごい!」
と、嫌がられてるのじゃないかと想像すると、いたたまれなくなり、
「申し訳ございません! もう二度といたしません!」
叫んで、その場で腹をかっさばきかねない。
そう言っておいて、実は、いきつけの床屋は女性の理容師の店なの。キャッ、前言撤回、やっぱり女の人がいいよね。悪臭はなつしか能のないおっさんは、神の怒りにうたれて滅亡すればいいよ。
もっとも女性店長といっても、あたくしよりも上の年齢の方である。やたらとお喋りな、おばちゃん。たいへんに気さくな店だ。
だが、あたくし、毎回わずかな不満が残る。店長ったら、前髪をあんまり切らないの。
「どうですか?」
と鏡を示されるが、明らかに前髪だけが長い。
もうちょっと切って下さい。はい、ちょんちょん、いかがですか? もうちょっと……。ちょんちょん、いかが? となって、最後は面倒くさいので「それでけっこうです」ということになる。
あるとき、これは、
「あなた、切れっておっしゃるけど、ねえ。切ったら、あの、オデコ……。切れとおっしゃるから申し上げますけど、あなたのオデコ、そうとう広うございますわよ。丸出しにして町を歩くのもかまわないと、おっしゃるなら切りますけれど、本当によろしくって? 前からくる車が、なんだよライトをハイビームにしてんじゃねーよ、と思ったらオデコの反射だったなんてことになっても、あたくし責任とれませんことよ?」
と言ってるにちがいないと気づいてしまった。
おれのオデコはそんなに広いのか、前髪で無理やり隠さなければならないほどなのか、くそう、くそう。屈辱にふるえた。
しかし、このごろでは、髪のプロが「お前のオデコは前髪で隠せ」と言うのならば、隠すべきだろうかとも考えなおし、おとなしく切られるままにされている。
ところが、先日に限って、むきむき短髪、小麦色の肌をした兄さんが店番をしていた。雰囲気は、晩年の三島由紀夫に似た感じであるが、若い。30にもなっていないのではないか。
やだ、こわい! ここ、床屋じゃなくて、 "Gay cruising spot" なの?
お兄さんは白い歯を見せてにこやかに笑い、「いらっしゃいませ」と、言うの。あら、なんて素敵な声色。あたくし、魅入られたかのようにフラフラと椅子に座ってしまった。
「今日は、どういうふうに?」
「全体に短く切ってもらえますか」
「おれみたいに?」
また、爽やかにほほえむ、むきむき兄さん。思わず、はいと返事をしてしまった、この魔力はどうであろう。
むきむき兄さんは、豪快に髪をかりこんでいく。手つきに、ひとかけらの躊躇もない。終始、おだやかな笑顔を浮かべている。男に触れることが楽しくて仕方がない、といった様子である。
あたくしの人生のなかでも、いちばんの早い時間での仕上げ。兄さんは、かなりの技量の持ち主であった。
「おつかれさまでした。またよろしくお願いします」
兄さんは大胸筋を強調するように、胸を張ってお辞儀をする。たくましい胸元に視線釘づけ。なにか怪しい熱さがこみあげてくるが、あわてて否定した。
そんなわけで、今はとっても髪が短い。そうなって分かったのだが、おばちゃんが前髪で隠せと言ったのも、実に無理からぬ意見であった。
オデコに太平洋が存在していた。パシフィック・オーシャンである。じつに壮大な眺望。
あたくしが幕末に生まれていたら、坂本龍馬があたくしのオデコをみて海援隊を思いつくに違いなく、勝海舟と、
「龍馬よ。あのオデコのむこうに、あめりかがあらあな」
「先生、わしも行ってみたいキニ!」
などという会話をかわしたかもしれぬ。
オデコの広さも、考え方次第では勇壮な心をやしなう糧となりうるかもしれない。そんなことを思った。
……わけがない。せつない。
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