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捕獲されました。年貢の納め時というやつ。
2010年01月31日 (日) | 編集 |
大和で、新しいキャラを作った。

その名も、"CECIL McBEE"である。

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あたくしを一目見た、大家のうさこさんが言葉を失っていた。あら、セシル好きさんでしたか。

「お前の名前は不愉快だからズボンをはけ」

と忠告されるも、いやだむうううううん、絶対にズボンなんかはかないむうおおおおおおおおん。と、幼児さながらに駄々をこねて呆れられる。

このキャラで何をやるかというと、まったく決めてないのであるが、キャラのコンセプトはある。

「棺おけに片足つっこんだ大人っぽさの中のエレガント、カジュアル、グラマラスなハゲ」

キャー、ステキー。キャラ名につられた女子中高生がいっぱい寄ってくるといいな!

すぐ飽きてキャラクター抹消→作り直しにならないために、自分への戒めとして、ルナの街にいるヘアスタイリストへ、なけなしの50万gpを支払ってヒゲを染めてもらった。見よ、無意味に周囲を圧倒する輝きを放つ純白ヒゲを。

おかげで残金30万gpとなり、もう何も買えない。せつない。
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2010年01月30日 (土) | 編集 |
近況あれこれ。

◆PCが壊れた。前から調子のおかしかったHDDが、がりがりごりごりぎゅぎゅーんと、切ない音をたてたの。

いよいよ寿命である。クラッシュして、はあはあ動画のあれこれがお陀仏になってしまうまえに救出すべく、弟の中古パーツを分けてもらい、PCを一台でっちあげたぜ。

少し性能アップして快適。とはいえ、UOとユーチューブがあたくし用途の中では重い処理なので、目立った差はないのだけれど。

◆amazonで、児島襄の「講和条約」中公文庫全12巻の古本を注文。送料込み約5000円。これでようやく、児島襄の文庫が揃った。きゃー、嬉しいわ。

さらに「将軍突撃せり 硫黄島戦記」も注文して、配達待ち。こちらは送料込みで940円だぜ。

なかなか児島襄を読んでいる人と出会わない。菊池寛賞、紫綬褒章を受けた人なのだけど、いまいちマイナーなのよね。ミクシイにもコミュニティがないし。

◆某所で連載してるインチキ歴史小説は、携帯だと読みづらいという意見をいただいたの。

あのブログだと仕様が変えづらいことが分かり、一回分の文章量を減らすか、どこか違うブログサービスに引っ越すか思案中。それとも、またHTML書いてホームページを手作りしようかしら?

◆図書館へ行った。遠藤周作を数冊借りてきた。

本を選んでいると、

「さがしている本があるんです」

と、でかい声が響いた。

「どのような本をお探しですか」

「えーと、ちょっとタイトルも著者の名前も分からないんですが。わたしは、いろいろなものに興味があるんですが、最近は、子供のことに興味があるんです。えーと、最近はテレビなどでも、子供のことが多く取り上げられてます。そうですね、たとえば、児童虐待なんかです。わたしは児童虐待に興味があって、いろいろ調べたりしてるんです。それで、どういう児童虐待の種類があるのかとか、できれば児童相談所の職員の手記みたいな現場の声が分かるような本があればいいんですが、えーと、児童虐待にはいろいろな種類がありまして、児童虐待というとみなさん叩いたり蹴ったりする暴力を思い浮かべるんですが、それだけではなくて精神的な虐待というものがありまして、そうですね、育児放棄なんかというのも児童虐待だと言われてます。ネグレクトといいます。いま日本ではネグレクトが大変に問題となってましてですね、わたしはそれに興味を持って調べているんです。実は、文章を書く仕事なんかをしてる者なんです。それで、とくにタイトルも著者も知らないのですが、児童虐待というもの、児童虐待の実際について書かれた本があるといいと思うんです。なぜなら児童虐待というのは……」

図書館中に響く大声で、児童虐待の説明をしはじめる男。

あたくしは頭のてっぺんに、妖怪アンテナならぬ、変人アンテナを持っている。危険な周波数の電波を感知して、ピピーンと毛がそそりたつ。ああん、残り少ない毛が、毛根が酷使されている。あたくしの毛髪が不自由なのは、いままで周囲に奇人変人ばかりがいたからだと信じて疑わない。

カウンターが見える位置に、さりげなく移動してしまうのは性というものであろう。

男はあたくしと同じか、少し若いくらいの年代。もじゃもじゃ頭に太めの体型。雰囲気は、立花隆と木村拓哉を足し、高木ブーを混ぜたあとに、木村拓哉を引いたような感じ。ちょっと冴えない風貌である。男は説明が下手なくせにやたらと饒舌で、困惑顔の司書さんに、延々と児童虐待の概念を説明しつづける。

それはシンプルに、「児童虐待のような、子供の育成に関する本はどこにありますか?」とでも聞けばすむ話ではないのか?

何分たっても終わらない男の説明に、あわてて別の司書さんが走っていった。青少年関係の本を確認している。やがて、司書さんに案内されて、その棚にやってきた男。

「へー、こんなに本があるんだ。ああ、十分だ。これなら十分だねえ。いやあ助かるなあ。これで本を書けるなあ」

しきりと独り言をもらす。でっかい声で。それはもう周囲に聞かせようとしてるよね? さっきの、「俺は物書き」なんちゅー発言も聞かせようとしてたよね?

恥ずかしながら、あたくしも教育の問題には興味があって、ひととおり本を読んだ時期がある。今、男が立っている同じ棚の前で時をすごした経験があるから分かるのだけど、ここの図書館は、通り一遍の本しか置いていない。なぜなら小さな分館だからである。市の図書館本館は別の場所にある。

興味あって問題を調べてるやつが、一冊も目当ての本を持たずに図書館にくるか。まして、物書きが調べものしようというときに、わざわざ蔵書数の少ない分館に来るかボケぇぇぇぇぇぇ。

物書きが、そういう図書館事情を知らぬなど有り得ぬのであって、お前は自称物書きだな! 絶対そうだな! お前が物書きならば、俺も物書き。市井の変人を記録にとどめる、小司馬遷。あるいは、レッサー司馬遼太郎。ゆえに、汝の行状は「変人列伝」たるこのブログに永遠に書き留めることにした。

てことは、このブログは「史記」? といよりは「弛記」な雰囲気。ものすごく、しょーもなー。
2010年01月25日 (月) | 編集 |
■孤宿の人 / 宮部みゆき(新潮文庫)

北は瀬戸内海に面し、南は山々に囲まれた讃岐の国・丸海藩。江戸から金比羅代参に連れ出された九歳の「ほう」は、この地に捨て子同然に置き去りにされた。幸いにも、藩医を勤める井上家に引き取られるが、今度はほうの面倒を見てくれた井上家の琴江が毒殺されてしまう。折しも、流罪となった幕府要人・加賀殿が丸海藩へ入領しようとしていた。やがて領内では、不審な毒死や謎めいた凶事が相次いだ。

──文庫上巻のあらすじより


お前は阿呆だから、呆─ほう─だ、と名づけられた女の子。

ほうの母親は、江戸の建具商、神田屋の女中をしていた。若旦那と通じてしまい、子供を身ごもる。それが、ほうだった。ほうの母親は、ほうを産み落としてすぐに死ぬ。神田屋にとっては邪魔な子供だけれど、若旦那の胤である子供を殺すのは障りがある。

だから、ほうは捨て子同然の扱いで、里子に出される。ほうは、誰からも必要とされない子供として、ひどい暮らしを送る。しまいには、江戸からはるか彼方の、四国は讃岐国(現在の香川県)にある金比羅さんへ代参の旅に送り出され、そこで捨てられた。

ほうを中心に、幾人もの人間が関わって、それぞれの人生が重奏になって物語られる。

家族を惨殺する罪を犯した流人・加賀殿の存在をきっかけにして、誰もが抱えている負の感情が、あちこちで姿を現し始める。愛があり、地位があり、虚栄心がある。対立を利用する者、運命に抗えず翻弄される者。武士も、町人も、それぞれの方法で、少しずつ歪んでいく。

各人のひずみがよりあわされて、ついに破断界を超えたとき、藩を揺るがす大騒動へと発展する。ぼくらが普段、乗っかって暮らしている安穏な秩序など、たちまち崩れて消える。いかにもろくて危ういものか。終盤の怒涛の展開は息をもつかせない。

物語の調べを操る宮部みゆきの技量のあざやかさは、いつにもまして冴えている。円熟と言っていいのかもしれません。間違いなく力作。

同時に、いつもの宮部みゆきと雰囲気が違う感じに、とまどいも覚えました。

今作では、今までの宮部作品にはなかった、本当に次から次へと……。ああ、これは言えない! 自分で読め!(またか)

登場人物と作者の距離がいつもと違う印象を受けます。登場人物の数が多いこととも関係があるのか、やや突き放した感じがあり、その分、宮部みゆき本人が行間からチラリと顔を覗かせているような。

たとえば、セリフに人生訓めいた説教臭さが出てくるときがある。実は、以前から時代物の作品で少しずつ感じていたことなのですが、今回は少し強い気がします。物語上では自然な流れではあるのですが、どうしても言わせなければならないかというと、どうなんでしょうか。

それでも、物語の大きさ、まとめのうまさ、人々の思いの強さ。宮部みゆきの色はきちんと生きています。読後はちゃんと、満足、満腹!

これはこれで新境地なのか、それとも、ぼくの単なる気のせいなのかな。読んだ方の感想をお待ちしています。
2010年01月23日 (土) | 編集 |
みなに訊ねる。冬に食べるアイスは、どーしてこれほどまでに美味しいのであろうか。

すっかり冬アイスの虜になったあたくしは、一日一個のアイスを食べることを己に課した。一週間分のアイスとして、あれこれ七つ買ってきた。胸に七つのアイスを抱える男である。あら、なんかちょっとかっこよくない?

なお、心にも七つの傷をもっている。うそうそ、七つどころじゃないぜ。いえーい。

あたくしは毎日晩酌している。昔は、しっかりと腹にたまるものを、たくさん食べないと飲めない体質だったのが、つまみが要らなくなった。ポテチでぐいぐい飲めるようになった。あと数年すれば、漬け物で酒が飲めるようになり、死ぬ間際には塩だけでよくなるかもしらん。

今日のアイスは明治エッセル・スーパーカップのバニラ。おいちーい。若い頃は、イチゴやら、メロンやらに心が揺らいでいたが、バニラに戻るね。王道だね。本質だね。芸術だね。

アイスを食べた。氷結レモン味を飲んだ。

すると、どうであろう。(司馬遼太郎風)

キャー、なにこれ、まろやかじゃーん。うまいじゃーん。カクテルみたいじゃーん。と、あたくし感激。アイスをつまみに酒を飲むことを覚えた。レベルが一つあがった。なんのレベルかは知らない。

ただし、このあたりべろべろに酔っている時の味覚であるからして、本当に美味しいのかどうかは保証されない。

氷結一本で、アイス一個。ああ、うまいうまい。

氷結4本め、アイス4個めに手がかかったころ。身体に異様な震えがきた。一人関東大震災。震源地は、あたくし。あたくし一人で震度7。止まらない、止まらない。あらー、なにかしらこれ。

鏡を見た。唇が紫に変色していた。キャー。我ながら、すごくキモーイ。

そういえば若かりし昔、大好きだった女の子とちうちうしていたときのことである。ちうちう、はあはあして、女の子の目を至近距離で見つめていたら、その子の目がキョトキョトっと動いた。

なんだ、どこを見てるのだ? なんだなんだ? と思ったら、その子は、こらえきれない風にくすりと笑い、

「なんか、へんな顔だにゃー」

と言ったのである。ウワアアアアアア。超ショックー。自分でも分かってますけど、なにも、今いわなくてもええやんか、ええやんか!

そんな想い出が雄叫びあげながら脳裏を駆け巡る。青黒いとも紫ともつかぬ、不気味な色の唇を見つめながら、今日もとっても死にたくなった。また「老師と少年」を読まないと……。

冬のアイスには、十分注意されよ。切ない想い出を抱えている男は、そのまま天に帰るがよろしかろうと存ずる。そんなわけで、あたくし体調不良。あふーん。
2010年01月18日 (月) | 編集 |
大本営陸海軍部発表。16日、帝国陸海軍は九段靖国神社にて、ごんた君と参拝をせり。

1日にウリ+しばちゃんコンビと来たのに続き、またも参拝しちゃったのである。あたくしったら、なんて危ない男。

遊就館を見学。「みたまを継ぐもの」という映画を上演していた。

『みたまを継ぐもの』
今を生きる私たちへ 永遠に語りかける英霊の願い

戦中・戦後・そして現代に生きるあらゆる世代の方へのメッセージ。
「みたまを継ぐ」とは?「英霊のまごころ」とは?
一人の若者の成長を中心に、英霊が何を想い、今の私たちに何を伝えたいのか。
(時間 1時間20分)

遊就館のホームページ 新着情報のコーナーより


この映画、あまりの出来の悪さに意識が何度も遠くなった。あらすじは以下のとおり。

主人公の石神隆信(25歳)は、元従軍看護婦で英霊の兄をもつ祖母、戦後生まれの両親という価値観が違う三世代家族の中で、大学卒業後も自らの目標が定まらない毎日を送っていた。

激しい企業戦争に生き抜いてきた父・幸一の姿には疑問を感じながらも、否定することも出来ず、悶々とした日々が過ぎていく。

そんな時、自身も一家離散という辛い体験を経て立ち直り、今は障害者施設で明るく働く恋人真奈美(24歳)から靖國神社の英霊の御心に触れるきっかけを与えられる。

今まで考えたこともなかった祖母の戦争体験。戦争で亡くなった祖母の兄のこと。祖母の兄の戦友江本弥一郎の戦後の生き方。そしてその生き方に魅せられ弟子となりコーヒー職人となった真奈美の叔父矢崎との出会い。真奈美の勤務先である施設の人々の純粋で朗らかな笑顔。

真奈美と訪れた遊就館で英霊の遺影、遺書、遺品などの展示を通して「英霊のまごころ」に触れ、新しい生き方を求めていく。

僅かずつではあるが、確実に変わって行く隆信。隆信は自己を活かす生き方とともに、家族、祖国を始めとする他者を思いやり、他者のために自己を捨て得る生き方もあることを知って、次第にみたまを継ぐものとして成長していく。


主人公の隆信が、恋人の真奈美に特攻隊の本を渡され、感動して改心するという物語なんだけどね。

真奈美の本棚が「そういう本」ばっかり。うわあああ、こんな本棚はいやだ、こんな危ない人間はいやだあ。心にすさまじい痛みがはしるのは、まぎれもない若かりし頃の己の本棚だから。あああああ、いやだいやだ死にたい死にたい死にたい。座席で頭かかえて悶えてしまったのである。

同じ趣味の女性がいたらおつきあいしたい、と書いたことがあったけど、こんな女はいやだわああああああ。

憔悴しきって、展示物を見てまわるうちに、午後5時の閉館時間。

靖国神社を出て秋葉原に向かう。行先はメイドカフェじゃああああ。それも「もえもえ」言う本物のところじゃああああ。

二人とも、本格的メイド喫茶は初体験。ごんた君は「フーゾクの店に入るより恥ずかしい」と怯えているし、あたくしも胴震えがとまらぬ。

以下、ミクシイに書いた文章の転載。

******************************************************

めいどりーみん http://maidreamin.com/

調べてみたら、あたくしたちが入ったのは2号店だったようです。

とてもシラフで入る勇気はないゆえに、居酒屋でひっかけて出来上がった勢いで、路上の客引き係に店へ案内してもらう。

ごんた君 「寒くないの?」
めいどさん 「寒くないでぇす」
ごんた君 「呼び込みは交代でやるの?」
めいどさん 「呼び込みってぇ、なんのことかぁわかんないですけどぉ、おさんぽちゅうなんですぅ」
ごんた君 「ああ、そういう設定なのね」
めいどさん 「……」
あたくし 「ハハハハ(乾いた笑い)」

店内は6分くらいの客入り。彼氏と試しに見に来たのか、女性客の姿もちらほらと。

ごんた君ったら、
「やあ、かわいいなー」
「もえーってやつ、初めて聞いちゃった。もえー」
と、ぽんぽんと口からでまかせが飛び出すの。

そのくせ、メイドさんが2000円くらいする料理すすめても、メイドさんを見もしないで
「ああ、それいらない」
と、ぶっきらぼうに拒絶。

メイドさんがいなくなった後で
「おっさんからぼったくろうなんて、甘く見てもらっちゃ困る」
と、素の顔が出てきて鋭い目をしてボソリとつぶやくの。こえええええ、さすがUO縦の会のトップアタッカー。裏と表の使い分けがすごいわ!

さて、この店は入国料が一時間ごとに500円である。注文を取りに来たのが、入店から10分後。

メイドさんたちは、常連の注文に応じて、踊ったり歌ったり、シェーカー振り回してカクテル作りながら「もえもえ」言ってる。

あたくしたちの席からは、厨房の様子が見えた。あたくしの注文した生ビールは、とっくに厨房の台に用意されている。メイドさんが「もえもえ」言ってる間、ビールはほったらかしで、泡がどんどん消えていく。

メイドさんは常連とゲームしている。ビールほったらかし。ゲームに負けた客が罰ゲームで、ステージで踊らされていた。ビールほったらかし。

へんな白いメガネかけた常連が、なにに感激したのか、天を見上げて
「もえーーーーーーーーーーーー」
と高らかに叫んだ。あたくし遠い目。ごんた君に「遠い目になってる遠い目になってる」と肘をつつかれること数度。ビールほったらかし。

メイドさんたちが、すっかり泡のなくなった生ビールのうえに、泡だけ足していた。すみませーーーーーーーん。丸見えなんですけどもおおおおおおおおおおお。

ようやく、注文の品が出てきたのは、入店から20分以上たったあと。もしかすると30分たってたかもしれない。繰り返すが、この店は一時間500円の席料がかる。

「おいしくなーれ、もえもえー」

メイドさんが、おまじないをかけてくれたの。わー、ひでき感激! 30分ほったらかしにされたビールが、あら不思議に美味しいわー。

なわけがねえだろ、ボケええええええ。

なんせ、どの客も、注文から品物が出てくるまで30分はかかっている。隣のテーブルの客は、注文すらとってもらえず、やっとの注文も出てこず、店員を呼んで文句を言ったら「ごめんなさい、今、お作りしてます」って言い訳されてた。怒って帰っちゃったよね。

あたくしの注文した2杯目の生ビールは、ついぞ出てこなかった。厨房の出来上がりの品を並べて置く台には、ほったらかしドリンクが5本も6本も並んでるのに、メイドは客とウノしたり、カクテル作って「もえもえ」言ったり、ちっとも席に出す気がない。

なんだこの緩みきった雰囲気。すげーな!

泡が消えたら泡だけ足して出しちゃえという小細工があり、注文とってない客がいようが、最初のドリンクすら出てない客がいようが、厨房の台にドリンク溜まってようが、まったく気にしない。

この店は、こういう状態が当たり前になってるのでしょーな。

ごんた君 「他の店は、どうなのかちょっと調べてみたいね」
あたくし 「今度は、飛び込みじゃなくて、ちゃんと調べてからきますか」
ごんた君 「もしかして、俺らハマってる? メイドカフェに?」
あたくし 「キャー」
ごんた君 「もえーーー」
あたくし 「もえーーー」

帰宅して寝る間際、今日のできごとを思い返し、ちょっと死にたくなって布団をかぶった。
2010年01月13日 (水) | 編集 |
近況など。

GyaOで放映していたアニメ「鋼の錬金術師」の過去話一挙放映を見たの。会社の若手君が好きな漫画だったことを思い出し、ちょっと覗くだけのつもりだったのに、けっこう面白かった。気がつくのが遅かったので、全部を見ることはできなかったけど……。

某所は更新が滞ってるけど、忘れているわけではないぜ。前回分を勢いに乗ったまま書いたまでははよかったのだけど、続きが苦しくなっちゃったん。救出する妙案が思い浮かばず、ああでもない、こうでもないと頭ひねっているところ。今週末にはアップすべく奮闘中。今しばらくのご猶予を。

読む本が溜まっていて、本を買うのを控えていたのであるが、本買いたい欲が爆発してたくさん買い込んできちゃった。ウフ。

部屋の中、右を見ても本。左を見ても本。手元にも足元にもパソコン机の上にも本。キャー、ちょーしあわせー。

が、床に平積みの山が3つもあるのはさすがによろしくなく、地震がきたら本に埋もれて死ぬぜ。それは本望としても、床が抜けるのは困る。増えた分は減らさなければならないのが宿命。

処分する本を選定しているの。ごめんね、ごめんね、手放すけどごめんね、と本に頬ずりをして表紙を脂まみれにした。キャー、不幸せ!
2010年01月09日 (土) | 編集 |
大和の白豚でドレッドに挑戦した。エプロンが欲しいのであるよ。

スキルは槍110、武士105という具合で未完成。エプロンなし。ステスクは20。ちょっと早いかなーと思いもしたけれど、そこそこの錬成品を装備しているから、なんとかなるじゃろ。

結果、鍵集めで一回。ドレッド中で一回。あわせて二回死んだけれど、ソロ討伐成功。キャー、おれさま頑張ったわ!

めぼしい戦利品はなし。ギャー、いつものことだわ!

今週分の自己蘇生を使いきってしまったから、次回挑戦はまた来週。このペースだと、エプロンが取れるのは来年くらいになると思うのである。

気の長い話!
2010年01月05日 (火) | 編集 |
仕事の昼休み、喫茶店で、読みかけの文庫本を開きながらコーヒーを飲んでいた。あまりコーヒーは好きではないのだけれど、たまに飲むと美味しい。ああん、しあわせのひととき。

しあわせを増すのは、となりの席に若い女性が座っていること。年の頃、二十代前半。おとなしめな化粧の、愛らしいお嬢さんである。きゃーん。

おっさんの視線は不快だろうから遠慮せねばならないが、おっさんには見ないという選択は存在しない。見てはいけないが、見る。この二律背反を解く方法はあるだろうか。

ある。

文庫本を目の高さに持ち上げる。あくまで自然を装い、姿勢をわずかに女性方向に傾ける。ついで、眼球をじわじわと動かす。視界の端ぎりぎりに女性の姿が映る。端から見れば、読書にふけっているようにしか見えぬであろう。もちろん、読書はしている。同時に、懸命に携帯をいじっている女性の仕草も見えてしまう。

かくして、読書と美人見を一度に楽しむことが可能になる。ありふれた喫茶店が極楽と化す。わあ、いかなる前世の功徳によるものでありましょうか、仏様?

ほどなくして、女性のお友達がやってきた。待ち合わせだった様子。

「ごめーん。遅くなった」
「いいよ。まだ時間じゃないし」

きゃーん。女性が二人。しあわせも二倍。読書に振り向ける神経は、たちまち通常の五分の一に減じた。すなわち、

・女性Aの姿
・女性Aの声
・女性Bの姿
・女性Bの声
・本

この五つの作業を並立的に処理しなければならないからである。これぞ、マルチタスク。

「なにしてんの」
「メール」
「ふーん」

しばしの沈黙。

「なんか面白いことあった?」
「うーん。あー、アバター見た」
「映画か」
「そう」
「どうだった?」
「それがね、すごかった」

こうして、女性の片割れは「アバター」のストーリーを語り始めた。その声のでかいことと言ったら。聞きたくなくても無理矢理に耳に押し入ってくるような大声。あたくしは、聞こうと思って耳をそばだてていたのだけどね。

君ら、周囲の人のことを何も考えてないな! これから見ようと思ってる人が店内にいたらどうするのだ!

「ぼくたち、これからデート。映画見るんだ。アバターがよさそうだよね。楽しみだね。二人の思い出になるね。うふふ、愛してるよ、愛してるよ、ちゅっちゅっ」

なんていうカップルがいたら、腹立ちまぎれに殺されかねない。

あたくしだって相手が、あたくしより年下で、あたくしより力が弱くて、あたくしより気が弱そうな、たとえば小学生男子だったら居丈高に「うっせー黙れ!」と一喝するところである。中学生男子になると、もう怖いから叱れないけど。

だが女性なので許す。あたくし、女性が相手ならなにもかも許す。この度量の広さはどうであろう。御旗楯無も照覧あれ。

かくして、あたくしは喫茶店で隣に座った女性から「アバター」のストーリーとラストを聞いてしまった。ああ、しあわせ。みんなにも、しあわせのおすそ分けをするので覚悟されたい。ねたばれとか、なんとか、もう知らねえ。

「なんかねー、主人公のお兄さんが怪我するんだよね。それで代わりに主人公が連れてかれんだ。あ、主人公が弟なんだけどね」
「へー」
「弟は俺かんけーねーし、いきたくねーしって、ぶちぶち文句いうの。で、なんかへんな青いのと地球人が戦うんだ」
「へー」
「まじきもいじゃん。あの青いの。でもさー、なんか見てるうちに慣れてくんだよね」
「あー、わかるかも」
「で、なんか主人公が青い女を好きになっちゃってさー。まじかよー。メスだよ、あれ」
「メスかよ」
「メスじゃん。青いしさー。女じゃないよ」
「なんかうけるー」
「でさー、主人公がメスへの愛と地球人のあいだでうじうじなやんでさー、俺が解決してみせるとかいって頑張る気になってー」
「へー」
「で、地球の軍隊やっつけちゃってさー」
「へー」
「最後、なんか青いやつの長老みたいのが術を使って、主人公を青いのにできるから選べとかいってさー。主人公青くなっちゃうんだー。で、メスと仲良く暮らすの」
「まじー」
「まじだよー。メスだよ、メスー。ありえんでしょ。きもいじゃん」
「うけるー」
「なんかねー、すごかった」
「なんか聞くと、すっごいつまんなそうだよね」
「いやいやいや、それがちょーおもしろいんだって。あれは見るべきだよ」
「まじー。じゃー、こんど見ようかな」
「うん、見た方がいいよ」

これが、ガールズトークというやつであろうか? その現場に立ち合ってるの? キャー! あたくしは大興奮。目は活字を上滑りするだけで、本の内容がひとつも頭に入ってこない。

と、女性Bが時計をちらっと見た。

「ちょっと、C子遅くない?」
「いつもじゃん。あの子、時間通りにきたことないじゃん」
「そうだよね」
「化粧に手間取ってんじゃないの」
「気合いれてんのかな」
「どーでもいい顔してんのにね」
「うけるー」
「化粧も、いつもだっさいしさ。昭和の顔だよ。昭和」
「まじで。うちら平成なのにね」
「ひとりだけ昭和だよ」
「うけるー」
「服も変じゃない?」
「あー、あの子センスないよね」
「全身ユニクロみたいじゃん」
「ねー。あれはありえないよね」
「あんた教えてあげなよ」
「無理だよー。そんなこと言うなら、あんたが教えなよ」
「全部だめってなんか言えるわけないじゃん。いいとこひとつもないんだし」
「うん、あたしなら、そんなこと言われたら死ぬかもしんない」
「ねー。まー、あの子面の皮厚いから平気かもね」
「どんな女だよ、まじうけるー」

そこにC子さん登場。

「ごめーん。まった? 遅くなっちゃった」
「もー、遅いよー」
「待ってたんだよー」
「C子はおしゃれだからさー、気合いれすぎなんだよ」
「そんなことないよー」
「でもメイク決まってるじゃん」
「そんなことないって」

三人は、ファッションやらメイクの話題やらで、きゃっきゃっとはしゃいでいた。

おおおおお、おんなこええええええ。

公共の場で、そんな裏の顔全開して女同士の暗闘を展開しないでもらえんやろか。おじさんは怖くて怯えてしまうので……。
2010年01月05日 (火) | 編集 |
本をたくさん読むしあわせ。

■生物と無生物のあいだ(福岡伸一/講談社現代新書)

分子生物学のセンセイが書いた本で、帯には「新書大賞 サントリー学芸賞 ダブル受賞!! 60万部突破!」と、大きく謳われている。

生命とは何か? それは自己複製を行うシステムである。そして、もう一つが「動的平衡」だという。

生命は、機械のようにあるパーツを壊したら即故障が現れるというものではない。遺伝子の一部に不具合や欠損があっても、それを別のなにかがカバーして、一見すると何の障害もないかのように生きていく場合がある。いったい何が起きているのだろう。

機械と生命の大きな違いは、そういう柔らかさ。それこそが、命の本質なのではないか、という本。

とても面白いのだけど、やや構成が悪い。「おお、それでそれでっ?」と前のめりになって、続きを期待したところで章が切れる。次章、話が違うところに転じてしまって、せっかくの思考の流れが中断されることが多い。もともと、連載の文章をまとめた本らしいから、仕方ないところなのかな。

福岡センセイの思い出話が半分、生物学の表面をやわやわと撫で回す内容が半分。門外漢の一般人向けに、生物学への興味の入り口になるように書かれた、柔らかい本。読みやすくて、いいんじゃないかしら。


■老師と少年(南直哉/新潮文庫)

禅僧の南直哉が書いた物語。

迷える弟子が、師のもとに救いを求めて説教を聞きに行く。ぼくは苦しい! ぼくは悩んでいる! ぼくはどうしたらいいのでしょうか!


少年「当たり前の世界には問うてはいけないこと、考えてはいけないことがあるのですか? けれどもぼくみたいに、それがどうしても忘れられず、考えずにいられない者もいるのです」
(中略)
老師「友よ。多くの子供は大人に隠され、問いを忘れて、当たり前の大人になっていく。しかし、数少ない子供は、隠されていることを忘れない。どちらがよいのか、正しいのか、私は知らない。ただ、忘れられない者は考え続ける。苦しむ。だが、そうする他はない。それは彼の運命だ。そして君の運命だ」
「なぜです。みんなが考えるべきこと、考えなくてはいけないことではないのですか?」
「そうではない。考えてしまう人と、考えなくてもすむ人がいるだけだ。そして、考えなくてもすむ人が、世の中の仕組みを決めていく。その世の中で、考えてしまう人は迷い、遅れ、損をする」
「ああ、それはあまりに不公平だ」
「そうだ。しかし友よ。考えなくてすむ人も、いつか考えるときがくるかもしれない。隠されていた問いが現れ、忘れていた問いを思い出すかもしれない」
「師よ。それはいつですか」
「大人であることに疲れるときもある。偶然が身の回りのすべてを壊していくこともある。日々、我々は病み、老いていく。そして誰もが、人はただひとりで死んでいくことに気づくのだ」
「考えていた人が報われるのですね? 救われるのですね?」
「いや。何も報われない。何も救われない。ただし、大人たちは、それまで考えなかった人たちは、君たちがこの世に存在し、考え続けてきたことの意味を理解するだろう」
「師よ。ぼくは考え続けていいのでしょうか。考え続けた方がいいのでしょうか」
「友よ。それは君が決めることだ」


眠りに落ちる間際、嫌な思い出が次々に蘇ってきて、

「うわああああ、死にたい死にたい、あれも失敗したこれも失敗したいろいろ失敗した、おれはどうしてこうなんだ、死にたい死にたい死にたいうわああああ」

と悶えて呻くのが日課になっている人は、枕元に置いておきたくなる本だと思うの。あたくしのことであるが。へへっ。


■用心棒日月抄(藤沢周平/新潮文庫)

自分の歴史小説、時代小説への愛着は、いったいなんだろう。と思いつつ、司馬遼太郎と藤沢周平が好き。単純に、心がおっさんだということなのかしら。むきー、ほっとけ。

藩の陰謀に巻き込まれ、出奔せざるを得なくなった男。江戸で、その日暮らしを送っている。

口入れ屋(今でいう人材派遣業)に仕事をもらいに行く。武士らしく剣の腕を生かした、用心棒の仕事がありがたい。しかし、よい仕事が入らなければ、身体にきつい荷物運びの人足仕事もしなければならない。暮らしは楽ではない。

しかし、男はただの浪人ではない。藩の重大な秘密を握っている。藩は男を抹殺しようと、刺客を江戸まで送ってくる。ひとときも気を抜くことはできないのだ。

時は元禄。五代将軍綱吉の治世。男の周囲に、赤穂浪士の討ち入りがからんできて、織りなすドラマ。

男も赤穂浪士たちも、あがらえない何か大きくて重いものに押し流されて、自ら望んだわけではないのに、ある方向に向かって生きていく。せめて、その時によいと思える選択を小さく積み重ねていくしかないではないか。

赤穂浪士たちは、見事に吉良を討ち果たして本懐を遂げた。

次々と現れる刺客を辛うじて返り討ちにして、なんとか命をつないでいた男も、藩から呼び出されて帰参がかなうのだが……。結末は書けねえ! 自分で読め!(横暴)
2010年01月03日 (日) | 編集 |
明けましておめでとうございます。

正月休みはいかがお過ごしだったでしょうか。

あたくしの休みはこんな感じ。

30日、滝原豊後守と忘年会。

31日、大掃除、床屋、買い物。夜に新聞配達の手伝い。おそろしく分厚くて、手間取る。

1日、数年ぶりに、しばみー&うりコンビと会い、靖国神社に参拝。その後、新年飲み会。さらにカラオケ。前日、ほとんど寝てなかったのと、連日の酒酔いで途中から幾度も意識が遠のき、たいへんに困る。

2日、ローテーションで入ってきた仕事のために出社。ピークに達した疲れのために、事務所では遠い目をして座ってるだけで、まったく仕事にならず。

3日、寝不足と、連日の酒がたたり、ダウン。ほぼ一日寝て過ごす。

身体に残るアルコールが、これほどのだるさをもたらすとは。昔、会社に酒飲みのおっさんがいた。まったく仕事をやる気のない人だったのだが、そのわけが今にしてよく分かる。

このままいくと、人生が今以上に大変なことになりそうな気がする。今日は休肝日とした。ところが、飲みたいの。買い置きしてあるビールに何度も手が伸びるの。我慢してるとイライラするの。きゃー、やばーい。

神経を苛立たせている自分を、

「これが、依存のなりかけというやつであろうか」

と、観察している自分がいたりして、ちょっと面白い。

そんな年始。

そして明日はまた仕事。つらい日常。さえない自分。飲まずにいられようか。

新しい年の一発目にこんなこと書いちゃう、しょーもないブログが本年もスタート。どうぞ、よろしくお願いします。