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捕獲されました。年貢の納め時というやつ。
2009年11月24日 (火) | 編集 |
大阪冬の陣、夏の陣をあわせた、「大坂の役」を描いた小説。

淀殿と豊臣秀頼を頭とする大坂方と、それを滅ぼそうとする徳川方の駆け引きを主軸に物語は展開します。

この主旋律は、むろん読み応えがあります。真田幸村、後藤又兵衛、いまの世に名前の残る武将たちの活躍も、華々しくて心地良い。

しかし、あたくしが夢中になってしまうのは次のような場面。

たとえば、大坂方の武将、塙団右衛門(ばん・だんえもん)の人となりについて。

朝鮮ノ陣のとき、加藤嘉明は大きな日章旗を作り、これを屈強の力士の背に指させようとして物色するうち、まわりの者が推薦して、
──団右衛門の器量、逞しゅうござる。
ということで、かれがその役になった。素っ裸に褌一本をむすび、背には背板をくくりつけ、それに旗竿をさし、大旗をはためかせながら一軍の先頭に立ってゆく姿は明軍を驚嘆させたというが、団右衛門はこれが自慢でたえずひとに語っていたらしい。


素っ裸、褌、背中には大きな日の丸の旗。そんなやつが、先頭にたって攻めてきたら、そりゃあ驚嘆するやろ! ああん、アホすぎてたまらないのである。

また、こんな場面もある。団右衛門隊の副将、山口兵内、兵吉の兄弟。

斥候に出かけるとき、兵内はくるくると具足をぬぎ、陣所の松の根方に投げすて、赤ふんどし一本の裸になって馬にまたがった。弟の兵吉がおどろき、
「兄者よ、そのなりはいかに」
と非難がましくいうと、兵内の理由は簡単だった。暑いからよ、といった。たしかにこの日、陽がのぼってから前夜の雨気が蒸れて、とても具足などは着けていられない。

(中略 ※斥候の途中、敵と遭遇してしまう)

兄の兵内はいままで笑っていた表情をそのまま白ませたが、しかしすぐ自分をとりもどした。
「暑いのう」
と、平手で自分の腹をたたいた。亀田大隅もこの素っ裸の男に槍を突きだす気にもなれず、
「尻が痛くはないか」
と、およそ戦場にはふさわしくない会話をはじめてしまった。この当時の鞍は木製であった。よほど尻の皮が厚くなければ、裸では乗りにくい。
「この暑さだ。尻まで庇えぬ」
と、兄貴の兵内は答えた。

(さらに中略)

「帰るぞ」
山口兄弟は、馬頭をひるがえした。亀田大隅は、声だけであとを追い、
「おのれの大将はたれぞ」
「おどろくな」
兵内は叫んだ。
たれあろう、塙団右衛門どのぞ──と言いすてて馬をあおり、道路上へとび出し、一散に駈け去った。身を低くしているため、尻が盛っ立ち、その割れ目の褌の赤さがばかばかしいほどにあざやかで、亀田大隅もつい声をあげ、
「あのようなやつは、むかしはいくらでもいた」
と、ふりかえった。


裸と尻と褌で、これほどに爽やかな場面を描き出す司馬遼太郎、おそるべし。笑いすぎて腹が痛いのである。

本人たちは大真面目なのだけど、はたから見れば、どうしても面白い。

大馬鹿がいれば大天才もいる。戦国・幕末のような動乱期は舞台が大仕掛けですから、エピソードもそれに比して大きくなる。

要するに、こういう男たちがいたという話を、笑ったり唸ったり好きに読めばよいのであって、司馬史観がどーこーいう小難しい理屈を乗っけるのは、司馬遼太郎が好きな人も嫌いな人も、よくないと思うよね。
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